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前ページ次ページゼロの使い魔BW 身体を揺さぶられて、目が覚めた。 目を開いたら、見慣れぬ格好の少年がこちらを見下ろしていて、思わず叫んだ。 「だ、誰よあんた!」 「……ツカイマだよ、ゴシュジンサマ」 「ああ、使い魔ね。そうね、昨日召喚したんだっけ」 窓から朝の日差しがさんさんと降り注いでいる。ルイズは寝台の上でうーんと伸びをすると、椅子にかけてあった服を指して命じた。 「取ってくれる?」 使い魔の少年は無言で頷くと、服を取ってルイズに手渡した。 寝起きのけだるさのままネグリジェに手をかける。途端にくるりと背を向ける辺り、この使い魔にも一応年頃の少年らしい部分もあるらしい。 「後、下着も――そこのクローゼットの一番下に入ってるから、取って」 彼はクローゼットを開けると、ぎくしゃくとした動きで下着を取り出す。と、そこで完全に停止した。 なにを考えて止まったのかが分かって、ルイズは呆れた。別に、使い魔に見られたところでどうということもないのだが、彼は動きそうにもない。 「……投げてくれていいわよ」 飛んできた下着は、過たずルイズの手元に納まった。見えてるんじゃないかと思うようなコントロールである。むしろ見てるんじゃないかと思って使い魔に目をやるが、完璧に背を向けていた。 服を着させるところまでやらせようと思っていたが、やめた。無駄に時間がかかるのは分かりきっている。下手をすれば、朝食を食べそこなうことにすらなりかねない。 壁を向いて硬直している使い魔を横目に、ルイズはこれまでのように着替え始めた。 身支度を済ませたルイズたちが廊下へ出ると、ちょうど近くの扉が開くところだった。 中から出てきたのは、燃え上る炎のような赤い髪の女の子だ。 ルイズよりも背が高く、スタイルも良い。彫りの深い美貌に、突き出た胸元、健康的な褐色の肌、と街を歩けば十人が十人振り返るような容姿だった。 だが、その顔を見た途端、ルイズは不機嫌そうな顔になる。赤い髪の少女がにやりと笑った。 「おはよう、ルイズ」 「おはよう、キュルケ」 むっつりとした表情のまま、ルイズは挨拶を返す。 「あなたの使い魔って、それ?」 「そうよ」 寡黙に控えている少年を指さしての問いに、ルイズは短く答えた。 「あっはっは! 本当に人間なのね! さっすが、ゼロのルイズ」 「うっさいわね」 無愛想に返答するルイズを横目に、キュルケは少年を観察する。 「中々可愛らしい顔してるじゃない。あなた、お名前は?」 「なに色惚けたこと言ってんのよ。あと、名前を聞いても無駄よ。そいつ、記憶喪失だから」 「それは残念。……だけど、記憶喪失、ねぇ。それは元から? それとも、ルイズのせいかしら?」 その指摘に、目の前の勝気な少女が言葉に詰まったのを見て、キュルケは頷いた。 「なるほどねえ。――それじゃ、あたしも使い魔を紹介しようかしら。フレイムー」 キュルケが呼ぶと、背後の扉の中から赤い巨大なトカゲが現れた。大型の獣並みの体躯に、真紅の鱗。尻尾の先は燃え盛る炎となっていて、口からもチロチロと赤い火が洩れている。 「……リザード?」 熱気を物ともせずにそれに見入っていたルイズの使い魔が、ここで初めて声を上げた。 「りざーど? これは火トカゲよ」 「ヒトカゲ?」 首を傾げて言ったルイズの使い魔に、キュルケは微笑みかける。 「なんか発音がおかしい気がするけど、そうよー。火トカゲよー? しかも見て、この大きくて鮮やかな炎の尻尾。間違いなく火竜山脈のサラマンダーよ? 好事家に見せたら値段なんてつかないわ」 「そりゃよかったわね」 ルイズが無愛想に答えた。 「素敵でしょ? もう、あたしにぴったりよね」 「あんた、『火』属性だしね」 「そう。あたしは微熱のキュルケですもの。ささやかに燃える情熱は微熱。でも、男の子はそれでイチコロなのですわ。あなたと違ってね?」 キュルケは得意げに、その男であれば視線を釘付けにされそうな胸を張った。 ルイズも負けじと胸を張るが、残念ながらボリュームの違いは明白だった。それでもキュルケを睨みつける辺り、かなりの負けず嫌いらしい。 「あんたみたいにむやみやたらと色気を振りまくほど、暇じゃないだけよ」 キュルケは余裕の笑みを浮かべて、その言葉を受け流す。そして颯爽とこの場を後にしようとして、使い魔のサラマンダーが居ないことに気づいた。 「あら? フレイムー?」 「わたしの使い魔も居ないわ。……まさか、あんたのサラマンダーに食べられちゃったんじゃ」 「失礼ね。あたしが命令しなきゃ、そんなことしないわ。……あ、居た」 ルイズとキュルケが言い争っていた場所から少し離れたところに、二人の使い魔は揃っていた。二人が喧嘩している間に、使い魔は使い魔で親睦を深めていたらしい。 少年は、慣れた手つきでサラマンダーを撫でてやっている。撫でられているほうも、妙に落ち着いた様子で彼の手のひらを受け入れていた。 キュルケが目を丸くする。 「あらま。確かに、誰彼構わず襲うような子じゃないけど、誰彼構わず懐く子でもないのに」 「あんたのことを見習ったんじゃないの?」 「どういう意味よそれ。……まあ良いわ。それじゃ、お先に失礼。行くわよフレイムー」 呼ばれて、サラマンダーが動き出す。図体に似合わないちょこちょことした足取りでキュルケの後を追うが、少し行った先で少年のほうを向くと、ぴこぴこと尻尾を振った。 少年も微笑んで、手を振って返す。 一連の流れを見ていたルイズが、少年の頬をつねりあげた。 「……いふぁい」 「いーい? あの女はフォン・ツェルプストー。わたしたちヴァリエール家にとっての、不倶戴天の敵なの。だから、ツェルプストーの使い魔なんかと仲良くしちゃダ、メ、よ?」 「ふぁい」 一音ごとに頬をねじり上げるようにして確認され、少年は涙目で答えた。 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。食堂の中にはやたらと長いテーブルが三つ並んでいて、それぞれに少年少女が座っている。 ルイズは、黒いマントをつけた生徒が並ぶ真ん中のテーブルへと向かった。 ここに使い魔を連れてくるのには非常に苦労した。なんせ他の使い魔を見るたびに、吸い寄せられるようにそっちに行こうとするのである。首輪と縄が必要かしら、とルイズは思った。 その使い魔は、豪華な食事が並べられたテーブルや、絢爛な食堂をきょろきょろと見回している。その顔に少なからぬ驚きを見て取って、ルイズは得意げに指を立てて言った。 「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ。昨日も説明した通り、メイジのほとんどは貴族。だから、『貴族は魔法をもってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるの。この食堂も、その一環ね」 「すごいね」 素直に驚きを示す使い魔に、椅子を引くように促す。本来なら「気が利かないわね」ぐらいは言ってやりたいところだが、記憶喪失では致し方ない。 椅子についてから、ルイズは考えた。この使い魔がもう少し反抗的であれば、床ででも食べさせるつもりであったが、今のところは特にそういった気配はない。 現在も自分が座るべき席ではないと理解しているためか、脇にじっと佇んだままである。 しばらく逡巡した後、ルイズは近くに居た使用人の一人を呼びとめた。 「ちょっと、そこのあなた」 「はい、なんでしょうか。ミス・ヴァリエール」 呼びとめられた黒髪のメイドに、脇の使い魔を指して見せる。 「こいつに、なにか食べさせてやって頂戴」 「分かりました。では、こちらにいらしてください」 「食べ終わったら戻ってくるように」 ルイズの言葉にやはり頷くと、使い魔は促されるままにメイドについて行った。 「もしかしてあなた、ミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」 行きがてらにそう問われて、少年は頷いた。目下のところは、彼の唯一の身分である。 「知ってるの?」 「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって噂になっていますわ」 にっこりと笑って、黒髪のメイドは答えた。屈託のない、野の花のような笑顔だ。 「君もメイジ?」 「いいえ。私はあなたと同じ平民ですわ。貴族の方々をお世話するために、ここで御奉公させていただいているんです」 どうやら自分と同じような立場らしい。納得すると、彼は黙り込んでしまった。 記憶がないというのは、話題がないというのに等しい。訊きたいことは山ほどあったが、彼女は仕事中だったようだし、あまり時間を取らせるわけにもいかないだろう。 そんな考えからなる沈黙だったが、どうやらそれは少年を気難しく見せていたらしい。しばらくは静かだった黒髪のメイドが、いかにも恐る恐るといった様子で口を開いた。 「……えっと、私はシエスタです。あなたのお名前を訊いても良いですか?」 少年はそれに黙ったまま首を振る。しかし、不味いことでも訊いてしまったのだろうかと狼狽するシエスタを見て、言葉を続けた。 「名前は分からないんだ。記憶喪失だから」 「キオクソウシツ……って、あの、記憶がなくなっちゃうあれですか?」 頷くと、シエスタの視線が途端に同情的になった。少年を上から下まで眺めまわして、はう、とせつなげな溜息を洩らす。 「大変だったんですね……」 そうだったんだろうか。そうだった気もするが、今のところは大したことがない気もする。だが少年がなにか答える前に、彼女はいきなり彼の手をギュッと掴むと、引っ張り始めた。 「なるほど、そいつは大変だ」 コック長のマルトー親父は、シエスタの話(学園内で出回っている噂を少し盛った上で、記憶喪失であるという事実を付け加えたもの)を聞くとうんうんと頷いた。 「やっぱりそうですよね、マルトーさん!」 「記憶を失くした上に、あの高慢ちきな貴族どもの下働きだろ? しかも、こういう仕事を選んでやってる俺たちと違って、強制的にだって話じゃねえか。いやあ、災難だな、お前さん」 二人で完全に盛り上がってしまっている。展開について行けず途方に暮れそうになったところで、少年のお腹がぐう、と鳴った。 「おっと、悪かったな。シエスタ、賄いのシチューを持ってきてやれ。俺は戻らにゃならん」 「はい、わかりました!」 少年を厨房の片隅に置かれた椅子に座らせると、シエスタは小走りで厨房の奥へと消えた。 マルトーもまた、背を向けて調理場へと向かう。が、ふと振り向くとニッと笑った。 「同じ平民のよしみだ、なにか困ったことがあったらいつでも相談してくれ」 「ありがとう。いざって時には頼りにさせてもらいます」 少年が礼を言うと、マルトーは「良いってことよ」と大笑いして去って行く。 入れ違うように、シエスタがシチューの入った皿を持って戻ってきた。目の前に置かれたそれをスプーンで掬って、口に運ぶ。思わず顔がほころんだ。 「おいしい」 「よかった。おかわりもありますから、ごゆっくり」 思った以上に空腹だったことに気づく。丸一日ばかり食べていないような、そんな感じだ。 夢中になって食べる少年を、シエスタはニコニコしながら見ている。 仕事中だったのに大丈夫なんだろうか、なんて思うが、食堂には彼女のようなメイドが沢山いたし、一人ぐらい抜けても問題ないのかもしれない。 「ごちそうさま。おいしかったよ」 「ふふ。ぜひ、マルトーさんにも言ってあげてください。喜びますから」 食べ終わって皿を返すと、シエスタは微笑んでそう言った。そして皿を片づけるために立ち上がりざま、そういえば、と彼の顔を見る。 「えっと、なにか分からなくて困ってることとかあります?」 「……それなら、洗濯物のことなんだけど」 なるほど、とシエスタが頷く。 「ああ、そうですよね。水汲み場とか分かりませんよね」 「それもあるんだけど、ここでのやり方もイマイチ分からないから、教えてもらえると助かる」 彼の常識は、洗濯物には洗濯機を使え、と言っている。使い方も分かる。しかし同時に、それがここにはないだろうということもなんとなく分かっている。 昨晩のルイズとの会話と、今日見て回った学内の様子から、自分の常識の欠落は記憶喪失から来るものではないことに、少年はうすうす感づいていた。 「洗濯のやり方なんて何処でも同じ気がしますけど、わかりました。今からご案内しても良いんですが、ミス・ヴァリエールに『戻ってくるように』って言われてましたよね」 確かに、「食べ終わったら戻ってくるように」と言っていた。 「それじゃ、お昼もまたこちらで取られるでしょうし、その際にでも」 「よろしくお願いします」 心からの感謝をこめてお辞儀をすると、シエスタはウインクして答える。 「マルトーさんも言ってましたけど、同じ平民のよしみ、です。いつでも頼ってくださいね」 魔法学院の教室は、石造りのやはり巨大な部屋だった。生徒が座る席は階段状に配置されており、その中央最下段に教師が立つ教壇がある。 二人が入ると、先に教室に来ていた生徒たちが一斉に振り向いた。そしてくすくすと笑い始める。 だが、ルイズにそれを気にしている余裕はなかった。今日は学年最初の授業ということで、大抵の生徒が使い魔を連れている。そんな場所に少年を放りこんだらどうなるか。 早くもふらふらと引き寄せられそうになった彼の襟元を、がっしと掴んで引きずりつつ、ルイズは席の一つへ向かった。本格的に、首輪と縄が必要かもしれない。 席の近くの床に少年を座らせる。机があって窮屈なのは気にならないらしいが、周囲の使い魔を見てそわそわしている。 ふと、少年が使い魔のうちの一体――浮かんだ巨大な目の玉を指さして言った。 「アンノーン?」 「違うわ。バグベアーよ」 「チョロネコ?」 「あれは単なる猫じゃない。チョロってなによ」 「アーボ?」 「あれは大ヘビ……一体、その名前は何処から出てきてるのよ」 ルイズが呆れたように言ったところで、教室の扉が開いて一人の魔法使いが入ってきた。 ふくよかな頬が優しげな雰囲気を漂わせている、中年の女性だ。紫色のローブに、帽子を被っている。 彼女は教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。 「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」 ルイズは俯いた。 「おや? ミス・ヴァリエール、使い魔はどうしました?」 床に座った少年は、教壇からはちょうど死角になっていて、彼女からは見えないらしい。 シュヴルーズが問いかけると、ルイズの近くに座っていた少年が声を上げた。 「ゼロのルイズ! 召喚出来ずにその辺の平民連れてきたからって、恥ずかしがって隠すなよ!」 その言葉に、教室中がどっと笑いに包まれた。 ルイズは椅子を蹴って立ち上がった。長い髪を揺らし、可愛らしく澄んだ声で怒鳴る。 「違うわ。ちゃんと召喚したもの! こいつが来ちゃっただけよ!」 「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』に失敗したんだろう?」 ゲラゲラと教室中が笑う。 「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! 『かぜっぴき』のマリコルヌが私を侮辱したわ!」 「かぜっぴきだと? 俺は『風上』のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」 同じく椅子を蹴って立ち上がったマリコルヌに向けて、ルイズが追撃を放つ。 「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」 次の瞬間、立ち上がった二人は揃って糸の切れた人形のようにすとんと席へ落ちた。 「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」 席に座ったルイズは、先ほどの剣幕が嘘のようにしゅんとしてうなだれている。 「お友達をゼロだのかぜっぴきだのと呼んではいけません。わかりましたか?」 「ミセス・シュヴルーズ。僕の『かぜっぴき』は中傷ですが、ルイズの『ゼロ』は事実です」 教室にくすくす笑いが広がった。 シュヴルーズは厳しい顔をすると、ぐるりと教室を見回し一つ杖を振った。するとどこから現れたものか、笑っていた生徒の口元に赤土の粘度が貼り付いた。 「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」 くすくす笑いがおさまった。 「それでは、授業を始めますよ」 少年は授業にはあまり興味がなかった。彼の注意はもっぱら他の使い魔に向けられていたが、属性の話が出た時は少しだけ耳をすませた。 現在は失われた『虚無』の魔法を含めて、魔法の属性は五種類あるらしい。彼の感覚からすると、五つの属性――タイプというのは、酷く少なく思えた。 もっとこう『はがね』だとか『エスパー』だとか『あく』だとかがあって良い気がする。もっとも、単に彼の感覚の方が細分化されている、というだけのことかもしれないが。 そんなことを考えたり、周囲の使い魔を観察していたりすると――。 「それでは、この『錬金』を誰かにやってもらいましょう。そうですね……ミス・ヴァリエール」 不意に指名されたルイズは、びくっと肩を跳ねさせると、シュヴルーズに問い返した。 「えっと、私……ですか?」 「そうです。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」 そうやって教壇を指し示されても、ルイズは動かない。痺れを切らしたシュヴルーズが更に促そうとしたところで、キュルケが困った声で言った。 「先生」 「なんです?」 「やめといた方が良いと思いますけど……」 「どうしてですか?」 「危険です」 キュルケが言い切った。ほとんどの生徒もそれに頷く。 「危険? 一体、なにがですか」 「先生は、ルイズを教えるのは初めてですよね?」 「ええ。ですが、彼女が努力家であるという事は聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。気にしないでやってごらんなさい。失敗を恐れていては、なにもできませんよ?」 「ルイズ。やめて」 キュルケが蒼白な顔で言う。しかし、ルイズは立ち上がった。 「やります」 言って、若干硬い動きで教壇へと向かう。通路に乗り出すようにして、少年はその背中を見送った。 教壇に上ったルイズに、シュヴルーズが隣に立って微笑みかけた。 「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」 ルイズはこくりと可愛らしく頷く。そして緊張した面持ちで小石を睨みつけると、神経を集中した。 同時に、少年は周囲の生徒たちが、彼と同じように机の影に隠れるのに気付いた。なんでだろうと思う間もなく、短いルーンと共に、ルイズが杖を振り下ろす。 瞬間、小石は机もろとも爆発した。 爆風をもろに受けて、ルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。悲鳴が上がる。 驚いた使い魔たちが暴れ始めた。 眠りを妨げられたキュルケのサラマンダーが火を吹き、尻尾をあぶられたマンティコアが窓を突き破って外へ逃げ、その穴から巨大な蛇が顔を出して誰かのカラスを飲みこんだ。 教室が阿鼻叫喚の大騒ぎになる。髪を乱したキュルケが、ルイズを指して叫んだ。 「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」 「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」 「ラッキーが! 俺のラッキーがヘビに食われた!」 黒板の前にシュヴルーズが倒れている。時々痙攣しているので、死んではいないようだ。 煤で真っ黒になったルイズが起き上がった。服装は悲惨極まりない。上も下もところどころ破れていて、隙間から下着が覗いている。 だが、ルイズは自身の惨状も教室の阿鼻叫喚も気にしない様子で、淡々とした声で言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 当然、他の生徒から猛然と反撃を喰らう。 「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」 「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないか!」 爆風で吹き飛ばされた帽子を拾いつつ、少年は一人、すごい『だいばくはつ』だったなと頷いていた。 「おふっ……ミス・ロ……ング、ビル……やめて、やめ……お、おち、る……」 ルイズが教壇を吹き飛ばし、それの罰として掃除を命じられている頃。 この魔法学院の学園長であるオールド・オスマンは、秘書にいつもよりも酷いセクハラ行為――尻を両手でじっくり三十秒ほど捏ねまわすように揉んだ――に及び、いつもよりも苛烈な報復を受けていた。 首を絞められ、今にも気を失いそうなオールド・オスマンに対し、ミス・ロングビルは無表情でチョークスリーパーをかけ続けている。 そんなちょっとした命の危険は、突然の闖入者によって破られた。 「オールド・オスマン!」 荒っぽいノックに続いて、髪の薄い中年教師――コルベールが部屋に入ってくる。 その時には既に、オールド・オスマンもロングビルも自分の席へと戻っていた。早業である。もっとも、オスマン氏は酸欠気味で、頭をふらふらと揺らしていたが。 「なん、じゃね?」 「たた、大変です! ここ、これを見てください!」 ようやく脳に酸素が戻ってきたらしきオスマン氏は、コルベールの焦りに鼻を鳴らした。 「大変なことなどあるものか。全ては些事じゃ。……ふむ、これは『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。こんな古臭い文献など漁りおって。そんなものを持ちだしている暇があったら、たるんだ貴族たちから学費を上手く徴収する術でも考えたまえ。ミスタ……なんじゃっけ?」 「コルベールです! お忘れですか!」 「おうおう、そんな名前じゃったな。君はどうも早口でいかん。……で、この書物がどうしたのかね?」 「これも見てください!」 コルベールが取りだしたのは、少年の右手にあったルーンのスケッチであった。 それを見た瞬間、オールド・オスマンの表情が一気に引き締まり、目が鋭い光を放つ。 「ミス・ロングビル。席を外しなさい」 ロングビルが席を立ち、部屋を出ていく。それを見届けると、オスマン氏は口を開いた。 「詳しく説明するんじゃ。ミスタ・コルベール」 ルイズが滅茶苦茶にした教室の掃除が終わったのは、昼休みの前だった。 罰として魔法を使うことが禁じられていたため、時間がかかったのである。といってもルイズはほとんど魔法が使えないから、余り変わらなかったが。 ミセス・シュヴルーズは二時間後に目を覚ましたが、その日一日錬金の授業を行わなかった。どうやらトラウマになってしまったらしい。 片づけを終えたルイズと少年は、食堂に向かった。昼食を取るためである。 道すがら、少年は先ほどの光景を思い返していた。何故か、『わるあがき』という言葉が浮かんで消える。 次にちょっと間抜けな顔をした大きな魚が出てきて、最後に巨大な龍が脳裏をよぎった。 その余りの脈絡のなさに、自然と苦笑が漏れる。それを見とがめたルイズが、少年を睨みつけた。 「……あんたも」 「?」 「あんたもわたしを馬鹿にしてるんでしょ!? 貴族だなんだと散々言っておいて、その実はなにも出来ない、『ゼロ』であるわたしを!」 そんな叫びは、少年のきょとんとした表情によって迎えられた。作ったものではない。心の底から、なにを言われているか分からない、と思っている顔だ。 それを見た瞬間、毒気も怒りも、全て雲散霧消してしまった。 沈黙したルイズを見て、少年はしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。 「……使い手と『わざ』には相性がある」 「ふえ?」 「どれだけ強い力を持っていても、相性の悪い『わざ』は使えない。今のゴシュジンサマは、相性の良い『わざ』がない状態なんじゃないかと思う。だから、『わるあがき』しかできない。……けど、それでもあれだけの力があるんだから、適正のある『わざ』ならすごい威力になるんじゃないかな」 突然饒舌になった使い魔に、ルイズはしばらくぽかんとしていたが、それが彼の不器用な慰めだと気づくと、くすりと笑った。 それに、こいつの考え方は面白い。これまで失敗してきた『わざ』――魔法を使えるように努力するのではなく、相性の良い魔法を探す。 今までも色々な魔法を試してはきたが、もっと色々と、それこそ普通は思いもしないようなものまでやってみるのも悪くないかもしれない。 ただ、今は――。 「……『わるあがき』ってなによ」 「えっ? ええと、うんと……なんなんだろう」 「ご主人様にそういうこと言う使い魔は、お昼ご飯抜きにしちゃうわよ?」 慌てる少年にルイズはくすくすと笑うと、先ほどより明らかに軽い足取りで、食堂へと向かった。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
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ニューカッスル城の礼拝堂に、凍えるような冷気と、それにも増して 冷たい殺気が吹き荒れていた。 「・・・・・・・先住魔法、か・・・?貴様・・・何者だ」 驚愕に眼を見開いたまま問うワルドを、ギアッチョは無表情に嘲笑う。 「今から死ぬ人間に説明する必要はねえな」 ズン!とギアッチョが一歩踏み出す。本能で危険を感じ取り、反射的に ワルドは二歩飛び下がった。 「だが、ま・・・サービスだ 一つだけ教えといてやる」 ギアッチョが言い終えると同時に、ワルドは鉄をも断ち切る風の刃を 撃ち放つ。空気を切り裂きながら迫る歪みを睨んで、しかしギアッチョは 逃げもせずに片手を突き出した。 「ホワイト・アルバムッ!!」 咆哮の如き声が礼拝堂に轟いたその刹那、まさにギアッチョの全身を 切り刻まんとしていた風の刃が――動きを「止めた」。次の瞬間、 刃だったそれは銀の粉塵と化して空気に溶け消え・・・ワルドはそこで、 ようやく今起こったことを理解した。かざした片手を胸の前にスッと 戻して、ギアッチョは無慈悲な双眸にワルドを映す。 「そいつが、この力の名だ」 「・・・バカな・・・・・・」 体裁を繕うことも忘れて、ワルドは短く呻いた。 「どうした子爵様?取り除いてみなよ・・・この小石をよォォォ~~~」 白銀の魔人が吼える。その殺気に我知らずじりじりと後退していた 自分に気付き、ワルドは杖の先を床にガツンと打ち付けた。 閃光のワルドともあろう者が何を恐れている?風を極めた自分が、 ただの平民に遅れを取るとでも言うのか? ぽたりと一つ冷や汗が落ち、そしてそれを最後にワルドは平静を 取り戻した。そうとも。こんな男にかかずらっている暇などない。 そして負けるはずもない。私にはその為の力が、技が、策がある。 「フッ・・・フハハハハハハ これは失礼・・・どうやら君を少しばかり 見くびっていたようだ ならばこちらも本気を出さねば礼を失すると いうものだな」 「そいつは面白ェ それでこそ殺し甲斐もあるってやつだ」 漆黒のマントを翻して、ワルドは胸の前に垂直に杖を構える。 律儀に攻撃を止めるギアッチョを余裕を取り戻した眼で眺めながら、 ワルドは静かに詠唱を開始した。 「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・・・・!」 呪文が完成した瞬間、ワルドの姿が残像のように左右にぶれ、 ぶれたそばから実体化を始めた。一つ二つと実体化が続き、 ワルドの周りを囲むようにして遂には四つのコピーが現れる。 「・・・これが、風が最強たる所以だ」 「・・・なるほどな 仮面の男だけが不可解だったが、そういうことか 分身の術たぁ笑えるぜ ニンジャ気取りかてめー」 「ただの分身などではない 遍在する風、そのものの顕現だ この世界のいずこにも、風は遍く在る 故に、風が吹くところ 我が影は自在に現れる」 懐から取り出した仮面を投げ捨てて、ワルドは不敵な笑みを浮かべた。 「これが、『遍在』だ」 ギアッチョは己に注がれる五対の双眸を物ともせずに嘲る。 「解説ありがとうよ 説明書を読む手間が省けたぜ で、その間抜け面した分身共にゃあ何が出来るんだ?」 「そう急くな 今から嫌と言う程理解することになる しかし・・・ そうだな 先ほどのお返しもある 一つ教えておいてやろう 『遍在』には、それぞれに自律した意志と力がある これが 素晴らしいところでね、間諜伝令思いのままというわけだ」 「ほー、そいつは素晴らしいな ところでもう一つ聞きたいんだが よォォ~~ それが一体今どういう役に立つってんだ?ええオイ?」 「フッ・・・分からないか?」 スッと、ワルドが杖をギアッチョの喉に向ける。それを合図に、 四人の「遍在」が一斉にギアッチョへと飛び掛った。 「これは『遍在』なのだ 命じたことしか出来ぬ愚鈍なゴーレム等とは 訳が違うッ!」 その言葉を証明するかのように、右端の「遍在」がウィンド・ブレイクを 放つ。ひらりと飛び避けたところに二体目と三体目のワルドが迫り、 立て続けにエア・ハンマーを撃ち放った。 「チッ・・・」 五体の攻撃全てを受け止めていれば流石にパワーが持たない。 極力避けに徹するギアッチョだったが、 ドシュッ!! 「ガンダールヴ」の力が発動していない彼に、四体目の動きは把握 出来なかった。ギアッチョの脇腹に突き刺さったエア・ニードルを 眺めて、ワルドは凶悪な顔で勝ち誇る。 「理解出来たかな?どんな力を持っていようが今の君はただの人間 出来ることには自ずと限界があるというわけだ」 腹部を刺されて動きを止めたギアッチョに、キュルケ達は絶望の 表情を浮かべる。ワルドはそれを見て満足げに笑うが、その笑みは 直後響いた声に掻き消された。 「何の・・・ ・・・つもりだ?・・・え?」 痛みを全く感じさせないギアッチョの声に本能的に危険を感じて、 四体目の「遍在」はバッとギアッチョから飛びのく。エア・ニードルを 纏っていたその杖先には、一滴の血も付いてはいなかった。 「なんだと・・・・・・」 「これだけ手の内さらしてやったのによォォォ~~~~ まだ解らねーのか?ええ?オイ」 ギロリと、色をなくした双眸でワルドを睨む。 「そんななまっちょろい攻撃でよォォォォォーーーー! このギアッチョの装甲を貫けるとでも思ってんのかァァァ!!」 バン!と音を立てて、ギアッチョは片手を床に押し付けた。 ビシビシビキビシィィッ!! 「何ィィィィィッ!?」 ワルドが驚愕の声を上げる。ギアッチョからワルド達に向かって、 床が扇状に信じられない速さで凍って行き――逃げ遅れた二体の 「遍在」の足首を、それはガッシリと固めてしまった。なんとか フライの発動に成功した二体の後ろで、ワルドは宙に浮きながら 忌々しげに舌打ちする。 「なるほど・・・まだまだ見くびっていたというわけか」 「ギアッチョ!あなた大丈夫なの!?」 「遍在」達を油断なく睨むギアッチョに、キュルケは思わず叫んだ。 「『大丈夫』だァァ?おめー言う相手を間違えてるんじゃあねーのか? 『今のうちに逃げなくて大丈夫なんですか子爵様』ってなァァァァ」 嘲笑いながら、ギアッチョはゆっくりと逃げ遅れた「遍在」へ歩を進める。 「調子に乗るなよ、使い魔風情がッ!!」 ワルドの言葉と共にウィンド・ブレイクとエア・ハンマーが四方から 襲い掛かるが、ギアッチョに肉薄した瞬間それらは全て粉々に消え去る。 「まだ理解しねーのかッ!!てめーのどんな攻撃もオレには通じねー!!」 己の無力を宣告されて、しかしワルドはニヤリと口の端をつり上げた。 「ククク・・・ああ、理解してないさ ただし私ではなく、お前がだ」 どこか勝ち誇ったような響きでワルドが答えた瞬間、「きゃああっ!」と いう悲鳴が上がった。 「ルイズッ!!」 「遍在」の一体に身体を掴まれたルイズに気付いて、ギーシュが叫ぶ。 しかし彼が薔薇の杖を抜き放つより早く、ルイズを強引に抱きかかえて 「遍在」は礼拝堂の扉に向かって身を翻していた。 「愚か者が・・・『遍在』にはそれぞれ独立した意志があると言った だろう 私が一人に『遍在』が四体、なのに何故魔法が四発しか 飛んでこなかったのか――もっとよく考えるべきだったな」 「チッ!!」 ギアッチョは扉に向かって駆け出そうとするが、 「遅いッ!!」 無防備なギアッチョに向かってウィンド・ブレイクが続けざまに 四発撃ち放たれ、彼は扉とは反対側の壁に強かに叩きつけられた。 「がッ・・・ や・・・野郎・・・」 二体の「遍在」はその隙を逃さず氷を割って脱出する。同時に ワルドは最後の「遍在」に向かって指示を出した。 「ルイズを追え」 マントをはためかせて扉へ走り出す「遍在」に焦ったように眼を 向けて、ギーシュはぎりりと造花の薔薇を握り締める。 「キュルケ・・・い、行くよ!」 「・・・ええ!」 「待てッ!!」 ギーシュ達の後ろから、大音量で怒声が響いた。 怒鳴ったのはギアッチョだった。後を追おうとする二人を、彼は 怒りに燃える眼で睨む。 「オレがなんとかする・・・てめーらは黙って見てろ」 「今回ばかりは納得出来ないわ!あなたじゃ間に合わないでしょう!」 「てめーらでスクウェア二体を相手に出来るってーのか!?ああ!?」 怒鳴り返そうとするキュルケを手で制して、ギーシュはギアッチョに 向き直った。 「・・・ああ、きっと勝てないだろうね 正直言って恐いよ・・・ 震えが止まらない」 造花の杖を握り締めてぶるぶると震える片手からギアッチョに 眼を移して、ギーシュは「だけど」と呟く。 「目の前で友が危険に曝されているのを、黙って見ているバカが どこにいるッ!!」 びりびりと、一転して空気の振動すら伝わる程の声で――彼は怒鳴った。 普段のギーシュからは想像も出来ない迫力に、キュルケやワルドは おろかギアッチョまでが押し黙る。 「・・・僕は行くよ 倒すことは出来なくても、時間稼ぎは出来る 君が子爵本人を倒せば、『遍在』は消えるはずさ ・・・それに」 いつもの声に戻って、ギーシュはギアッチョを真っ向から見据えた。 「僕だって、一発ぐらいブン殴ってやらないと気が済まないんだ」 手も膝も、相変わらずみっともなく震えている。対峙すらしていない にも関わらず、冷や汗まで流れている。しかし、彼の眼に宿る 「覚悟」の光、それだけは本物だった。ギーシュをジロリと睨み返して、 ギアッチョはフンと鼻を鳴らす。 「・・・あーそうかよ だったらとっとと行っちまえ オレがこいつを 殺す前に追いつけるようにな」 諦めたようにそう言って、ギアッチョは追い払うように手を振った。 こくりと一つ頷くと、ギーシュは脇目もふらずに走り出す。その後を、 迷いの無い表情でキュルケが追いかけた。 開け放しの扉を風のように走り抜ける二人を、ワルドは止めもしなかった。 彼らの消えた扉の奥を眺めて、薄っすらと笑みを浮かべる。 「クックック・・・友情の為に命を賭するとは、全く美しいことだ もっとも、賭けになどなりはしないだろうがね」 「遍在」の身とはいえ、その力はオリジナルと比べて何ら遜色のある ものではない。トライアングルとドット如きに負けるなどということは 万に一つも有り得ないのだ。負けるどころか、時間稼ぎにすらなりは しないだろう。炎も土も、風の前では児戯に等しい。風を極めた己の 「遍在」に、ただの学生風情が挑もうとすること・・・それ自体が あまりにも愚かな行為なのだ。 「黙れよ」 獣の如き眼光で、ギアッチョはワルドを貫く。 「とっとと始めようぜ ・・・いや」 「・・・・・・」 「とっとと、殺す」 気負う気配もなく無感動に吐き出すギアッチョに、ワルドはますます 面白そうに顔を歪めた。 「そいつは楽しみだ」 礼拝堂から続く長い回廊を、ギーシュとキュルケは荒い息を吐き ながら駆け抜ける。間断なくディティクトマジックを使用して いるのは、「遍在」を形成している魔力の痕跡から彼らの後を 追跡する為だ。そうして右へ左へと長い道を走り抜けて、二人は 一つの大きな扉に突き当たった。 「・・・開けるわよ」 「・・・ああ」 蹴破る程の勢いで、二人は扉を押し開く。その先に広がっていた ものは、石畳の中庭だった。 「ルイズ!」 「来たか・・・行け、私よ」 ルイズとギーシュ達の間に立ちはだかった「遍在」が、ルイズを 抱えて今まさにフライで飛び去ろうとしている「遍在」に声をかける。 「不味いわ・・・ギーシュ!」 「分かってるッ!」 返しざま、ギーシュは後ろの「遍在」に向かって魔法を放った。 石畳を錬金して現れた巨大な掌が、既に一メイル程上昇を始めていた 「遍在」の足首を何とか掴んで引き戻す。 「くッ・・・」 「あ、危なかった・・・石畳にまで『固定化』がかかっていたら どうしようかと・・・」 ほっと溜息をつくギーシュの肩を叩いて、キュルケは油断なく 「遍在」を監視する。 「終わりよければ何とやらよ ほら、油断しない」 「あ、ああ・・・」 怯えの中に強固な意志が見える瞳を二体のワルドに向けて、 ギーシュは造花の杖を構える。同じく優雅に杖を構えて、 実に洗練された仕草でキュルケが一礼した。 「不躾で申し訳ないのですけれど・・・素敵なジェントルマン、 私達と踊ってくださいませんこと?」 「フッ・・・よかろう せいぜい転ばぬように頑張ることだ」 未だ足首を掴んでいる石の拳を破砕しようとする「遍在」を、 前のワルドが止めた。 「やめておけ・・・どうせこの男はすぐに死ぬ この先不測の 事態が起こらぬとも限らんだろう 魔力は温存しておくべきだ」 その言葉に、後ろの遍在は杖をしまい直して傍観の構えを取る。 それを合図に対峙する三者がルーンを唱えるべく一斉に口を開いた時、 「やめてッ!!」 ルイズの声が中庭に響き渡った。 首を締め付けるワルドの腕を引き剥がそうともがきながら、ルイズは ギーシュとキュルケに向けて怒鳴る。 「何で来たのよバカッ!分かってるの・・・?ワルドはスクウェア なのよ!?あんた達が戦って勝てる相手じゃないわ!!」 早く逃げろ、とルイズは叫ぶ。一瞬浮かんだ複雑な表情をすぐに 小馬鹿にしたような笑みに変えて、キュルケは久しく使わなかった 呼び方でルイズに言葉を返した。 「お生憎様、ヴァリエールの言葉に従う義理なんてありゃしないわ」 言いながら、キュルケはこれではまるでフーケと戦った時のようだと 思う。自分の、タバサの再三の説得も聞かず一人フーケに無謀な 戦いを挑んだルイズを思い返して、しかしキュルケは首を振った。 今回は、違う。ワルドに勝とうなどと考えているわけではないのだ。 自分は、そしてギーシュは命を捨てに来たのではない。自分達に、 出来ることをしに来たのだと。 悲痛な顔で何事かを訴え続けているルイズの言葉にそれ以上耳を 貸さず、キュルケは朗々たる声で歌うように詠唱を始める。それが、 開戦の合図になった。 キュルケのファイヤーボールを、ワルドは魔法も使わず避ける。 お返しにウィンド・ブレイクをお見舞いして、ワルドの「遍在」は 侮蔑の色を含んだ声で笑った。 「これは驚いたな まさか本気で私に戦いを挑むつもりだとは しかし、大人しくしていれば捨て置いてやろうと思ったが・・・ これでは死んでしまっても文句は言えぬな?」 問答無用で跳ね飛ばされた身体を無理やりに起こして、キュルケは 痛みに顔を歪めながらも不敵に笑いを返す。 「さあ、そんな難しいことはあなたを倒してから考えますわ」 「フッ・・・それでは永遠に考えることは出来ないな もっとも、君の永遠は後数分で終わりを告げることになるが」 余裕の言葉を口にしてから、「遍在」はスッと身体を後ろへ逸らす。 次の瞬間、数サント手前をワルキューレの剣が唸りを上げて横切った。 片手で帽子を押さえると、ワルドはその格好のままワルキューレと 矢継ぎ早に剣戟を交わす。ワルキューレは人ならざるその身体を 駆使し、様々な体勢から攻撃を繰り出すが、「遍在」はまるで先が 見えているかのように易々とそれを捌き続けた。帽子の下の眼を ちらりと騎士の背後に向けると、ワルドはやがて見計らって いたかのようにワルキューレの剣を跳ね上げた。そのまま ワルキューレの体勢が整わないうちに、その身体を杖でガンと 横によろめかせる。ギーシュがその意図を理解した瞬間、 青銅の女騎士はキュルケの火球で見事に溶け消えた。 「なッ・・・!」 ワルキューレを盾代わりにされたことに気付いて、キュルケは グッと奥歯を噛み締める。 本気なのだ、この男は。この真剣な戦いの場で、本気で魔法を 節約しようとしている。自分達に対して、この上ない侮辱だった。 しかし、とキュルケは考える。逆に考えれば、それはこの 「遍在」達に大きな精神力は与えられていないということだ。 それはそうだ、己の精神力から生成した分身なのだから、大きく 見積もっても「遍在」四体の生成に使用した精神力、せいぜいその 四分の一程度しか扱えないはずだ。強力な魔法も一発程度なら 放てるかもしれないが――しかしその程度だろう。いくらワルド 本人が強大であろうとも、そしてその力を、知恵を継承して いようとも。「遍在」の行動には、限界があるはずなのだ。 キュルケはギーシュに眼を向ける。どうやら同じことを考えて いたらしい。冷や汗がだらだらと流れる顔で、彼はニッと笑った。 そうと分かれば攻めの一手だ。魔法を使わずに攻撃をかわし 続ければ、いつかは必ず隙が出来る。その時こそ勝機・・・! キュルケは気付かない。時間稼ぎという目的が、いつの間にか 「遍在」の打倒に摩り替わってしまったことに。闇路に浮かぶ 光明には、誰もがすがりつきたくなるものだ。例えそれが―― 誘蛾灯であったとしても。 次々と撃ち出される火球を、ワルドの「遍在」は正に踊るような 動きで避け続ける。今度は互いに注意しあって、その間隙を縫う ように三体のワルキューレが剣を振るうが、それも全てワルドの 杖に受けられ、止められ、弾かれていた。 「ッ・・・埒が明かないわね!」 余りの手応えのなさに苛立ったキュルケは、一つ上級の魔法に 攻撃を切り替える。炎と炎、炎の二乗。ファイヤーボールより 一回り大きい灼熱の弾丸が、熱風を撒き散らしながら「遍在」に 襲い掛かった。 放たれたフレイム・ボールに気付き、「遍在」は一瞬動きを 止めた。 「今だ、ワルキューレッ!」 隙を逃さず、ギーシュの声でワルキューレが三方から剣を 振りかぶる。開いたもう一方からは、フレイム・ボールが 空を切り裂いて迫っていた。 ――・・・勝った! キュルケは内心で勝利を宣言する。四方を塞がれたワルドに 逃れる術はない・・・はずだった。 「バカめが」 敗北するはずの男が、興醒めだと言わんばかりに吐き捨てる。 ゴォアアァッ!! 次の瞬間、彼の前方から人ほどの高さの竜巻が発生し―― ワルドの周囲を高速で旋回すると、青銅の騎士達をまるで 粘土のように引き裂いた。 「なッ・・・!?」 絶句する二人を嘲笑うかのように、竜巻はフレイム・ボール をも切り裂き散らす。それと同時に自身も掻き消えるように 消失し、後には舞い上がる土煙だけが残った。 そして「遍在」は、ついに反撃に出る。煙幕を突き破って 石畳を疾駆し、息もつかせぬ勢いでキュルケに肉薄した。 「しまッ・・・」 ドボン、と空気が跳ね。圧縮された空気の槌をモロに喰らって、 キュルケは何かが折れる嫌な音と共に、地面に叩きつけられた。 「・・・ぅ・・・あ・・・」 全身が麻痺してしまったように動かない。ギアッチョとの決闘で 使われたものとは比にならない、本物のスクウェアの力が キュルケの身体を打ち砕いたのだ。この痛みは叩きつけられた 衝撃によるものか、それとも折れた肋骨によるものか。判然と しない意識の中で、キュルケはかろうじて首だけを上に向ける。 冷然と己を見下ろすワルドが、そこにいた。 遠くでルイズが何かを叫ぶ声が聞こえる。しかしそれも、 麻痺した頭にははっきりと届かない。何とか杖を握ろうと するが、掴むことすらままならなかった。 「もう少し、粘ってくれるかと思ったのだがね」 「・・・・・・っざ・・・けんじゃ・・・ないわよ・・・」 どうにか言葉を絞り出して、キュルケは両手で上体を起こそうと する。しかし痺れた腕は、あっけなくその体重を支えることを 放棄した。 「おやおや・・・どれ、手助けしてあげよう」 片腕を滑らせてずるりと崩れ落ちたキュルケを実に憐れだと 言わんばかりに嘲笑って、ワルドはキュルケの胸倉を掴んで 引き上げる。それと同時に唱えられた呪文で、ワルドの杖は風の レイピア・・・エア・ニードルと化した。 「天国行きの・・・な」 「・・・・・・ッ!」 「遍在」には、一片の躊躇もなかった。立ち上がらせたキュルケを、 軽く後ろに押し遣って手を離す。そこから無造作に杖を引くと、 キュルケの胸に向けて一気に突き出し―― ・・・ズシュッ、と。肉を貫く音が聞こえた。 ぱたぱたと、己の身体に血がかかるのを感じて、キュルケは 閉じていた眼を開く。 「・・・・・・ギーシュ・・・ッ!!」 自分に背を向けて立っている男の名を、キュルケは思わず 叫んだ。どうして、自分と「遍在」の間に彼が立っているのか? そんなことは、考えるまでもなく明白だった。 「・・・ぶ・・・無事かい キュルケ・・・」 「な、何言ってるのよ・・!あなた、それ・・・!!」 ギーシュの腹部を貫いたエア・ニードルの先端が、キュルケの 胸の手前で止まっている。血に塗れたそれから、雫がぼたぼたと キュルケの服を染め続けていた。ギーシュはよろめきながらも 何とか姿勢を保っているが、杖が引き抜かれてしまえばすぐに でも倒れてしまいそうだった。 「遍在」は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて 弾かれたように笑い出した。笑いながら、杖をズブリと引き抜く。 「うぐッ・・!!」 血が飛び散る音にキュルケは耳を覆いたくなったが、ワルドは そんなことなどお構いなしに笑う。 「フハハハハハハハッ!仲間を庇って身代わりになるなどという 話は物語ではお馴染みだが、まさかそれを実践するバカがいた とはね!クッククク・・・会った時から愚かな男だとは思って いたが、まさかここまでとは!こんな命を賭けた大芝居が 見れるとは、全く私は君を侮っていたようだ!ハハハハハハ ハハハはぐおぉッ!!?」 くぐもった声を吐いて、ワルドは後ろに倒れ込んだ。 「・・・・・・ど・・・どうだい・・・」 蒼白な顔でニヤリと笑って、ギーシュは途切れ途切れに息を吐く。 「一発・・・ ブン・・・殴・・・って・・・・・・」 そこまでが限界だった。ギーシュはゆっくりと、頭から石畳に 倒れ落ち――後にはルイズとキュルケの叫びだけが響き続けた。 礼拝堂は、数分前までからは想像もつかない光景へと変じて いた。床壁問わず手当たり次第に凍結され、さながら氷の 牢獄の様相を呈している。その中を縦横無尽に飛び回る影が 三つ。飛べない男を嘲笑うかのように、宙を自在に舞い遊び、 四方八方から魔法を放つ。しかしその顔は、皆一様に焦燥の 色を露にしていた。 「見苦しいぞギアッチョ!いつまでそうして逃げ続ける つもりだッ!!」 ワルドの叫びと共に、三つの風の弾丸が唸りを上げて襲い 掛かるが、ギアッチョはその瞳に嘲りすら浮かべてそれを 回避する。スケートエッジのついた足で凍った床上を見事に 滑走するその軌跡上に、一瞬遅れて人間大のクレーターが 三つ姿を現した。 「見苦しい・・・?それはこっちのセリフだぜニンジャ野郎 効かねえ魔法でいつまで時間稼ぎをするつもりだ?」 「・・・・・・無敵か・・・化け物が・・・」 ぎりりと奥歯を噛み締めて、猛禽の如き双眸でワルドは ギアッチョを射抜く。精神力への懸念からライトニング・ クラウドのような強大な魔法が使用出来ないことが、彼を 苛立たせていた。ここはもうすぐ戦場になる。いくら攻めて 来るのが味方の軍だとしても、自分が無事でいられる保障は ないのだ。 ワルドはプライドを捨てて考える。エア・カッターも、 エア・ハンマーも、この男――いや、この妖魔には届かない。 一体どうやっているものか解らないが、魔法は奴の周りで 「止まる」。・・・しかし、一つだけ奴の装甲に喰い込んだ 魔法があったはずだ。 数秒の沈思黙考の後、ワルドは静かに呟いた。 ――よかろう・・・だが、勝つのは私だ 二人のワルドが、左右からエア・ハンマーを叩きつける。 「まだ理解しねーのかッ!!『超低温』は触れればストップ 出来るッ!!」 ギアッチョが叫ぶ通り、自らを庇うように広げた両手の向こうで、 二つの空気の槌はあっさりと砕け散った。しかし二体のワルドは、 ギアッチョが次の行動に移る前にひらりとその射程範囲から 脱出する。 「チッ・・・!」 ギアッチョは忌々しげに舌打ちした。これではまずい。ルーンの 力の無い今の自分には、ワルドを捉えることが出来ないのだ。 デルフリンガーに頼るわけにはいかないが、しかし早くしなければ 三人が危ない。相反する二つの要因が、ギアッチョに焦りと 苛立ちを生んでいた。 バゴァアッ!! 怒りに任せて、ギアッチョは右の拳でブリミルの像を躊躇い無く 打ち砕く。 「オラァッ!!」 破片を二つ素早く掴むと、二体のワルドに守られるようにして 立っている最奥のワルドに全力で投げ込んだ。が、いくら 意表を突いた攻撃であろうと――女王の衛士隊長を務める程の 男にやすやすと命中するわけもない。するりと、まるで 人ごみを避けるかのような気安さでワルドはそれを回避した。 「貴様・・・焦ったな」 口角をつり上げて笑うワルドの杖が、いつの間にか切っ先 鋭い不可視の槍――エア・スピアーと化していた。 ――風故に、貴様にこの槍は見えぬ エア・ニードルでは 足りなかったが、果たしてこれはどうか・・・試してみるのも 面白い 最奥のワルドがほくそ笑むと同時に、前を遮る二体のワルドが 同時に地を蹴り宙に舞った。 「何・・・?」 怪訝に見上げるギアッチョの頭上を一足に飛び越え、フライを 解除すると閃光の如く迅急にルーンを詠唱する。ギアッチョが その半身を振り向かせると同時に、完成した魔法が二体の杖から 撃ち放たれた。圧縮された空気の槌が二つ、彼を圧し潰さん ばかりに襲い掛かるが、 「くどいぜッ!!攻撃は何であろうと無駄だってのが 分からねーのか!!」 掴むように突き出された白銀の両手によって、エア・ハンマーは またも消え去った。バッと後ろに飛びのいて、しかしワルド達は ニヤリと笑う。 「いいや、無駄ではないさ・・・ 貴様の両手は、見事こちらに 向けられたのだからな」 「ああ・・・?」 「何だか分からんが、貴様はその両手で氷を・・・いや、温度を 自在に操る それは理解した・・・ だが、ならばその両手さえ 封じれば、貴様のスーツはただ少しばかり頑丈なだけの氷の鎧に 過ぎないのではないかね?」 「何ィ・・・!?」 ギアッチョはバッと背後を振り返る。杖を脇に構えた最後の ワルドが、今正にギアッチョの胸部を貫こうとしていた。 「もう遅いッ!!風の槍を受けて死ね、ギアッチョッ!!」 ズシュゥッ!! ギアッチョに「止められた」時とは違う、確かに物質を貫く 手ごたえを感じて、ワルドは満足げに言い放った。 「私の勝ちだ」 「・・・神像を壊した罪人に槍を向けるたぁ、何とも象徴的 じゃあねーか?ええ?・・・だが、遅いのはてめーのほうだ」 「何・・・ッ!?」 エア・ニードルの時と同じ、痛みの欠片も感じさせない ギアッチョの声に、ワルドはハッと己のエア・スピアーを 見直す。その切っ先は、ほんの僅かスーツに突き刺さって いるだけだった。そして槍身を阻むようにして、周囲に きらきらと光る何かが無数に浮いている。 「何・・・だ これは・・・氷か・・・?」 事態を把握出来ないワルドを、今度はギアッチョが嘲笑う。 「知ってるか?凍るんだぜ・・・空気はな え?オイ マイナス220度だ 空気はそこから『固体』になり始める」 「バ、バカな・・・!」 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープス!! 既に凍った空気の壁を作っていたぜ!!」 ワルドは弾かれたように槍を抜く。そのまま飛び退ろうと するが、ギアッチョがそんなことを許すわけはなかった。 「そして、とらえたぜ・・・ワルド」 ワルドの左手がガッシリと掴まれ――そしてそこから、 凍結が徐々に全身に、まるで毒のように広がってゆく。 「終わりだ」 無慈悲に宣告するギアッチョに、ワルドは諦念も露に笑った。 「やれやれ・・・まるで鬼か悪魔だな 君の勝ちだ、ギアッチョ」 潔く口にするワルドに眼もくれず、ギアッチョは腕を握る 手に力を込める。 「待ってくれ、最後に三つだけ言わせてくれないか」 「・・・なんだ」 最期に、ワルドはそう懇願した。動きを止めている残り 二体のワルドに油断無く眼を向けながら、ギアッチョは とっとと喋れと促す。 「・・・まず一つだが」 目深に被った帽子の下から、ワルドは低く声を出す。 「これは決闘ではない 己が意志を遂げることが目的だ 従って、必ずしも相手を打ち負かすことが勝利ではない」 「・・・ああ?」 ワルドの口から出た言葉は、命乞いでも懺悔でもなかった。 眉をひそめるギアッチョを気にも留めずに、ワルドは先を続ける。 「二つ目だが・・・さっき君の勝ちだと言ったこと、あれは嘘だ」 「何ィ・・・?」 ギアッチョは敏速に二体のワルドに目を移す。しかし彼らに 攻撃の気配はなかった。そんなギアッチョをワルドは薄く笑う。 「・・・そして三つ目」 ワルドはもう隠しもせずに、その顔に露骨に嘲りを浮かべた。 「残念ながら・・・私は『遍在』だ」 一時勢いを弱めていたギアッチョの怒りが、その言葉で再び 燃え上がる。衝動に任せて、ギアッチョはもはや一言も発する ことなく「遍在」をブチ割った。――その瞬間。頭上で何かが 破砕するような轟音が鳴り響いた。 「何だとぉおおぉおッ!?」 礼拝堂を破壊する不敬者など想定していなかったのか、程度の低い 固定化がかけられていただけの天井は、スクウェアクラスの ウィンド・ブレイク、その二乗で容易く崩壊した。 「てめえ・・・こんな・・・!うおおぉおおおおぉおおぉおおお!!」 完全に意表を突かれたギアッチョには落下する石壁を躱すことも、 ましてや「止める」ことなど出来るはずもなく――容赦なく降り注ぐ 石塊の雨に、彼の姿はあっさりと埋没した。 絶望の象徴たる瓦礫の山を眺めて、本物のワルドは羽根帽子を目深に 被りなおして笑う。 「認めよう・・・君は強い 確かに、この私では足元にも及ばない らしい だが――私の勝ちだ」 マントを翻すと、ワルドは半壊した礼拝堂を一顧だにせず歩き去った。 「ギーシュ・・・!!返事をしなさいよ!!ギーシュッ!!」 両肩を掴んで揺さぶるが、ギーシュからの返事はない。キュルケは 唇をきつく噛み締めると、地面に横たわる彼からスッと手を離す。 死んではいない。いないが、この出血ではいつまで持つか分かった ものではない。早急に手当てを行う必要があった。しかし、それも 「遍在」がいる限りは不可能だ。すぐにギアッチョが何とかして くれると信じて、キュルケは己の杖を強く握り直す。 「・・・許さないわよ」 「ならばどうするね?」 どうでもよさげに返答する「遍在」を睨み、キュルケは脇腹を 庇いながらふらふらと立ち上がる。折れた肋骨が、想像を絶する 痛みを与えていた。まともに動けないどころか、呼吸をすること さえ辛い。気を抜けば涙が出そうで、キュルケは歯を食いしばり 必死に「遍在」を睨みつける。 「こうするのよ・・・ッ!」 苦痛を無視して無理やりに掲げた杖の先で、火炎が急速に球を 形成してゆく。 「・・・・・・」 「遍在」は鼻白んだような眼でキュルケを見遣ると、横薙ぎに 杖を振った。巻き起こった風は炎を吹き消すだけでは飽き足らず、 キュルケの身体をも殴り飛ばす。 「うぐッ・・・!」 石畳の地面を跳ねて、彼女の身体はルイズの足元に転がった。 露出している肌には無数の擦過傷と打撲痕。口内を切った ものか内臓が傷ついているのか、口には血が滲んでいる。 いつもの彼女からは考えられない惨めな姿で、それでも よろよろと――キュルケは立ち上がった。 「・・・めて・・・」 ルイズの口から言葉がこぼれる。キュルケの、ギーシュの、 こんな痛々しい姿に耐えられるわけがなかった。 「・・・もうやめてよ・・・!」 しかしキュルケは、何も答えずルイズに背を向ける。再び 構えられた杖が、彼女の心を語っていた。キュルケに応える ように杖を突き出すワルドに眼を移して、ルイズは悲痛な 声で訴える。 「ワルドッ!!もうやめて!!十分でしょう!?わたしが 必要ならいくらだって協力するわ!だからお願い、二人には もう手を出さないでッ!!」 フッと笑って、ワルドは構えた杖で帽子のつばを押し上げる。 「・・・と、僕のルイズはこう言っているが どうするね? 彼女のたっての願いだ 君達が退くと言うのなら、こちらと してもそれを許すにやぶさかではないが」 杖を構えたまま、キュルケは視線だけをルイズを捕えている もう一人の「遍在」の足元に向けた。ギーシュに錬金された 巨大な掌は、未だ崩れずにワルドの足首を掴み続けている。 「・・・まだ諦めてない・・・ギーシュはまだ戦ってるわ それを放って、この私が、微熱のキュルケが逃げるわけには いかないでしょうがッ!!」 躊躇うことなく、キュルケは毅然として言い放った。そして そのまま、キュルケは揺ぎ無い声でルーンの詠唱を開始する。 「キュルケ!?何言ってるのよバカッ!!やめなさいよ、ねえ! どうしてそこまでするのよ・・!!もうやめてよ、お願い だからぁ・・・ッ!!」 目尻に涙を浮かべて、ルイズは殆ど懇願に近い口調で叫ぶ。 しかしキュルケは振り向かない。ワルドを睨みつけたまま、 彼女はルイズの声を振り払うように火球を撃ち放った。 愚直に同じ攻撃を繰り返すキュルケに蔑視の眼を向けて、 ワルドは身体をスッと半身にずらす。だが、その瞬間ほんの わずか火球の進路がずれたことを、彼は見逃さなかった。 大きく横に跳び避けると、火球はカーブを描いて追い縋る。 「ホーミング・・・これに気付かせない為に、ファイヤー ボールを乱発したという訳かな?」 精悍な顔に失笑を浮かべると、ワルドは一歩飛び退って ウィンド・ブレイクを放つ。巨大な空気の弾丸がキュルケの 火球をあっけなく消し飛ばし、その延長線上にいたキュルケ 自身をも容易く跳ね飛ばした。 「・・・・・・ッ!!」 ルイズの横をすり抜けて、キュルケはもはや言葉も無く 吹き飛んだ。何とか頭を庇って石畳に倒れたキュルケを 見下ろして、「遍在」はフッと笑顔を消す。 「・・・ナメるな」 酷薄に言い放って、もはや立ち上がる力すら残っていない キュルケに「遍在」はゆっくりと歩を進める。逃れられない 死を片手に携えて迫り来る黒ずくめの男は、正に死神そのもの だった。或いは、こう呼び変えてもいいだろう。――「運命」と。 キュルケを助けようとしているのか、もう一方の「遍在」の 腕の中でいっそ滑稽な程にもがき続けるルイズの姿が、その 言葉に非常な現実感を与えていた。 「さて、おしまいだ ミ・レイディ 機械仕掛けの神はいない」 口で嘲笑いながらも、「遍在」は油断なくキュルケに杖を向けて いる。逃げ出す隙などどこにもなかった。両手を突いて辛うじて 上体を支えながら、キュルケは最後のプライドで「遍在」を 睨みつけるが――ワルドはそんな様子など歯牙にもかけず、 まるで談笑するかのような口調で彼女に問い掛けた。 「ところで・・・最後に一つ聞きたいことがある 何故、君は命をかけてまで仇敵のルイズを助けようとする? そこまで君を奮い立たせるものが何なのか、差し支えなければ 教えて欲しいのだがね」 「遍在」の言葉に、ルイズが思わず動きを止める。二対の視線を 注がれて、キュルケは否応無く己の心と対峙することになった。 キュルケは顔を伏せて考える。本当に、自分はどうしてここまで 必死になっているのだろう。ルイズがいなくなったところで、 ただほんの少し魔法の学習に張り合いがなくなるだけのことでは ないか。ルイズの不在が、自分に一体どんな不利益をもたらすと 言うのだろうか?そうだ、ルイズを助ける理由など自分には何一つ ない。さっさと白旗を揚げて、降参してしまえばいいじゃないか。 『・・・ねえキュルケ そろそろ素直になるべきじゃないのかい?』 昨晩のギーシュの声が、キュルケの胸にこだました。困ったように 笑う彼の顔が、脳裏に浮かぶ。「何のことよ」と、キュルケは脳裏の 幻に問い掛けた。「私はいつでも自分に正直に生きてるわ」と 言い返すキュルケに、ぽつりと一言、「素直じゃない」と呟く声が 聞こえる。ギーシュの傍に、いつの間にかタバサが立っていた。 ――・・・ああもう うるさいわよあなた達・・・ 諦めたように独白して、数秒。閉じていた眼を――ゆっくりと開く。 「・・・わかった、わよ・・・」 自分だけに聞こえる声で、キュルケは一言呟いた。 軋む身体に、キュルケは徐々に力を入れてゆく。全身が 悲鳴を上げるが、苦痛に顔を歪めながらも彼女は耐える。 「・・・ああそうよ・・・認めてやるわよ・・・」 がくがくと力無く震える膝に手を掛けて、キュルケは ゆっくりと身体を起こす。 「その通りよ・・・ 心配なのよ、その子が・・・!」 「・・・・・・・・・・え・・・?」 キュルケは――もう逃げない。呆然と自分を見つめるルイズに 真っ直ぐに視線を返して、彼女はよろよろとふらつきながら、 しかし力強く立ち上がった。 「・・・呆れる程に真っ直ぐで・・・魔法も使えないのに 学院の誰よりも正しい貴族の心を持ってて・・・物事を疑う ことも知らない、バカ正直で危なっかしい・・・私の・・・ ・・・・・・私の大事な友達なのよ・・・ッ!!」 キュルケは微塵の迷いも無く叫ぶ。血が滲んだ指で、三度 彼女は杖を構えた。 「・・・キュ・・・ルケ・・・・・・」 じわりと、ルイズは目頭が熱くなるのを感じた。そんな 彼女に、キュルケはくすりと笑いかける。 「もう少しだけ待ってなさいよ・・・泣き虫ルイズ・・・ これが片付いたら、一緒にピクニックにでも出掛けましょうよ それとも、あなたは皆で勉強でもするほうが好きかしらね・・・?」 優しいその眼差しは、魔法を失敗する度にルイズに皮肉を言う あの笑顔の中に、いつもあったものだった。ようやくそれに 気付いて――ルイズの涙は、ついに堰を切って溢れ出した。 「キュルケぇ・・・っ!わたし・・・わたし・・・・・・!」 涙声でしゃくりあげるルイズから眼を離して、キュルケは 「遍在」を睨む。このままルイズを見ていれば、自分まで 涙が出てきそうだった。 きっと、これが「覚悟」なのだとキュルケは思う。彼女は 今こそ、ギアッチョの、ルイズの、ギーシュの、そして タバサの言うその意味が理解出来た。自分はもう逃げない。 もう諦めない。ルイズを救い、皆でトリステインへ帰る。 口元に薄く笑みを浮かべながらも、キュルケの瞳には確かに 旭日の如き「覚悟」の光が宿っていた。 「なるほど、もっと面白い理由を期待していたのだがね」 小馬鹿にしたような口調で言う「遍在」に、キュルケはもはや 怒りも怯えも感じなかった。静まり返った水鏡の如き瞳で、 キュルケは「遍在」を真っ直ぐに見据える。 「・・・あなた、さっき『機械仕掛けの神はいない』と 言ったけど・・・あれは少し違うわ」 「何・・・?」 「『いない』んじゃなくて、『いらない』のよ・・・お約束の 救世主なんてね」 さっきまでと一転して不敵に笑うキュルケが、ワルドは気に 入らなかった。僅かに眉をひそめながら、表面上は穏やかに 問い掛ける。 「ほう・・・それは何故かな」 「決まってるでしょう?運命は自分の手で切り開くから・・・ 格好いいのよッ!!」 叫ぶや否や、キュルケは「遍在」に向かって、倒れるように 駆け出した。 「ッ!?」 思いもよらぬ行動に、ワルドは寸毫動きを止めた。狙った わけではない。彼が動きを止めようが止めまいが、キュルケに そんなことは関係なかった。道は既に出来ている。ならばそこを 渡るのに必要なものは唯一つ、「覚悟」だけだ。ほんの二メイル 程の距離を苦痛と戦いながら駆け抜け、キュルケは左の拳に 全身の力を込めて――ワルド目掛けて突き出した。 ガシィッ!! キュルケの拳はあっけなく掴まれ、そのままぎりぎりと捻り 上げられた。 「・・・ッ!」 「死を跳ね除けるには――少々力不足のようだな?ミス 残念ながら、私は日に二度も殴られてやるつもりはない」 苦悶の表情を浮かべるキュルケを見下ろして嘲笑すると、 「遍在」は己の杖を彼女の胸に押し当てた。 「意表を突きたかったのならば、稚拙と言う他ないな それとも、とうとう微熱すら起こせなくなったかね?」 「・・・・・・フフ 逆よ素敵なジェントルマン あなたを倒すには、それで十分なのよ・・・私の微熱でね」 「何・・・!?」 「『遍在』だから感覚が鈍いのかしら?それとも、避けるのに 夢中で気がつかなかったのかしらね」 不敵に笑うキュルケに、「遍在」は本能的な危険を感じた。 キュルケが何かをする前に、閃光のようにルーンを詠唱するが―― 「ウル・カーノッ!!」 「遍在」がエア・ニードルを唱え終わるより迅く、キュルケは たったそれだけの短い呪文を叫ぶ。その瞬間、「遍在」の 全身は真紅の炎に包まれた。 「うおおぉおおおおおおおおおぉおおッ!?何だこれは・・・ ただの『発火』で・・・がああぁああああああぁああッ!!」 火達磨と化してのた打ち回る「遍在」からよろよろと身を離して、 キュルケはニヤリと笑った。 「あらあら 痛覚はちゃんとあるようね?」 「なんッ・・・ぐおぉおおおッ・・・!!」 キュルケ達の執念のように絡みつく炎に、「遍在」は石畳を無様に 転がり回った。 「あなたを倒したのはギーシュよ・・・ ワルキューレの剣、 彼はその刀身の表面を油に錬金してたわ あなたがナメきった 顔でワルキューレの攻撃を避けてる間も、振られた刀身から 飛んだ油はどんどんあなたに染み込んでいったのよ フリかと 思ったけど・・・どうやら、本当に気付いていなかった みたいね」 「がッ・・・バカな・・・ぁあああぁぁ・・・ッ!!」 言いながら、キュルケは苦痛と疲労にとうとう耐え切れなく なった。ガクリと膝を落として、両肩で荒い息を繰り返す。 「あなたの負けよ・・・驕りに塗れたまま燃え尽きなさい」 「ナメ・・・・るなよ・・・ッ 小娘が・・・!! うぐッ・・・殺す・・・貴様は殺す・・・ッ!!」 「・・・!」 身体を燃えるに任せて、「遍在」は呪文の詠唱を開始する。 「ラ・・・グーズ・・・ウォータル・・・」 「くッ・・・!!」 不味い。キュルケは立ち上がって逃げようとするが、幾度も 痛めつけられた身体はもう限界だった。力なく震える膝には、 一歩を動く力すら残っていない。 「ぐばッ・・・イ・・・イス・・・イーサ・・・」 「やめてえぇぇえええッ!!」 ルイズが今度こそ声を限りに叫ぶ。だが復讐に眼を血走らせて いる「遍在」に、彼女の声は届きすらしなかった。そして、 「・・・ウィンデ・・・!!」 ついに、詠唱は完了した。ウィンディ・アイシクル。それは 皮肉にも、彼女の親友が得手とする魔法であった。 逃げられないと理解したキュルケはルーンの詠唱へと動きを 転じていたが・・・それが完成するよりはやく、そして一切の 容赦無く。無数の氷の矢は、ついに撃ち放たれた。 ――ただし、天空から。 天から降り注いだ氷の雨に撃ち貫かれて、「遍在」は断末魔も 上げずに消え去った。ハッと見上げれば、上空には青鱗鮮やかな 風竜が一体。その背中から、同じく青い髪の少女が飛び降りた。 目の前にふわりと降り立つ少女を見上げて、キュルケは右手で 両目を覆って笑う。 「・・・・・・遅いわよ タバサ」 「・・・ごめん」 呟くように口にして、タバサは身の丈より長大な己の杖を 真横に突き出した。 「ラナ・デル・ウィンデ」 その呪文と共に生じた空気の塊が、高速で飛来した風の弾丸を 叩き潰す。ウィンド・ブレイクを放ったもう一人の「遍在」に そのまま杖を向けて、タバサは短く口笛を吹いた。 瞬間、ごうっという音と共に「遍在」に突風が吹きつける。 「きゃあっ!?」 ルイズだけを器用にくわえて、シルフィードはU字に空へと 舞い上がった。 「きゅいきゅい!」 涙でくしゃくしゃの顔を驚きの表情に歪めるルイズを器用に 自分の背中へ放り投げて、シルフィードは己が主人へ鳴き 掛けた。シルフィードに顔を向けてこくりと頷くと、タバサは 「遍在」へ向き直る。 「・・・これはこれは、やられたね」 いとも容易く奪い取られたルイズを見上げて、「遍在」は呟いた。 「どうやら遊び過ぎたようだ・・・『私』が無様な姿を見せて しまったな」 タバサの鉄面皮に冷たい声で笑いかけながら、ワルドは魔法で 錬金の戒めを破壊する。 「身が入っていなければ、ゴミ掃除にも時間がかかってしまうものだ」 その言葉に、無表情なタバサの眉が――ピクリと動いた。 ――少女の父は、暗殺された。 母は、心を壊された。 少女は、心を殺された。 己の全てを奪われて、彼女は異国へ追放された。父の温もりは、 もう二度と与えられることはない。母の慈しみは、毒に冒された あの日に閉ざされた。苦しみを分かつ友など、もはやどこにも 居りはしなかった。我が身の痛みを、苦しみを、理解してくれる 者がいない。その辛さは、余人には想像もつかぬものだっただろう。 しかし少女は、それでいいと思っていた。全てを失くしたあの日 から、自分は復讐の為だけに生きているのだから。その為には、 身も心も鋭い刃にならねばならない。そこに不純物が混じれば、 己という処刑刀の刀身は鈍ってしまう。だから少女は、自ら進んで 心を閉ざした。自分がキュルケと一緒にいるのは、彼女が自分の ことを詮索しないから。その上で、彼女が自分の友人を名乗ると いうのならばそれは勝手にすればいい。その程度の、吹けば飛ぶ ような淡白な関係であるつもりだった。 しかし、いつしか少女はキュルケに必要とされることに喜びと 安堵を感じている自分に気付いた。結局、自分は寂しかったのだ。 誰にも近寄られたくない一方で、少女の心の奥底には常に誰かに 理解されたいという、必要とされたいという欲求が潜んでいた。 決して口には出さないが、キュルケにとってそうであるように、 今や少女にとっても――キュルケは唯一無二の親友であった。 ギアッチョがルイズに味方して戦ったあの時、ルイズは恐らく 学院の誰もが知らない、心の底からの笑顔を見せた。彼女が自分と 「同じ」だということに、少女はそこで初めて気付いたのだ。 境遇こそは違えど、彼女の孤独は、彼女の痛みは、誰よりもこの 自分が解っている。だから少女は、キュルケとギーシュと、 ここまで来た。彼女達は、誰もが距離を置く自分をこともなげに 友人だと言ってのけた。友だと認められること。それは己を 必要としてくれるということだ。だから、少女はここまで来た。 今度は自分が――ルイズに手を差し伸べる番だと思ったから。 閉じていたまぶたを開いて、タバサは周囲に眼を向ける。自分の 心を溶かしてくれた親友は、傷だらけの身体で地に伏している。 自分を友だと言ってくれたギーシュは、血溜まりに倒れて動かない。 ・・・そんな彼女達を見て――ルイズは、泣いている。 泣いているではないか。 ・・・許さない。 絶対に、許さない。 「――後は任せて」 ぽつりと呟いて、タバサは蒼い瞳で「遍在」を射抜く。一見 無表情なままのタバサが灼熱の如き怒気を放っていることに 気付いていた者は、ただ一人キュルケのみであった。 「正気を疑うね 風のトライアングルが風のスクウェアに 一分一厘でも勝てる可能性があるのかどうか、他ならぬ君が 一番よく知っているだろう?」 ワルドは侮蔑を隠しもせずに笑うが、タバサは答えない。 激しい怒りが心の内奥を吹き荒れるに任せて、淡々と、しかし 厳然としてルーンを紡ぐ。 「・・・・・・ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」 「・・・何だと・・・!?」 淀みなく詠唱を終えたタバサの身体が、映像のようにぶれる。 そして彼女の姿は左右に滲むように広がり――二つ、三つ、 四つの分身を作り出した。 「タバサ・・・あなた・・・」 誰もが気付く。その精神力は、どう考えてもトライアングルの それではなかった。 「・・・友人をボロ雑巾にされて怒ったか?怒りが貴様を スクウェアの世界へと押し上げたというわけか!」 紳士の仮面を捨てて吼える「遍在」に杖を向けて、オリジナルの タバサは一言静かに、しかし無量の怒りを込めて呟いた。 「・・・・・・あなたは、許さない」 「遍在」は、我知らず後ずさっていた。如何に練達のスクウェアと その世界に入門したばかりの子供と言えど、ただの分身に過ぎない 自分ではこの勝負に打ち勝てぬという恐怖。しかしそれにも増して 彼の心胆を寒からしめたものは――タバサの瞳であった。何も 映さぬ、何も宿さぬ虚ろなガラス玉。そのはずだった彼女の双眸に 今まごうことなく灯っている怒りという名の烈火に、「遍在」は どうしようもなく恐怖していた。 ――・・・クッ・・・ナメるなよガキが・・・・・・ッ!! 圧倒的優位にいたはずの自分が、年端もゆかぬ少女の眼光に怯えて いるという屈辱。それを晴らす為には、こいつを殺すしかない。 殺してやる。八つ裂きにして殺してやる。 鋭い両眼で手負いの獣さながらにタバサを睨み返して、「遍在」は 閃光ひらめく如くにルーンを唱え―― ドスドスドスドスドスドスドスドスドスッ!! 「・・・お・・・・・・が・・・・・・ッ」 水の二乗と風の二乗。トライアングルのそれを遥かに凌駕する 威力のウィンディ・アイシクルが五つ、「遍在」の身体を正確 無比に貫いた。もはや人としての形すら為さず、「遍在」は そのまま――惨めに吹き消えた。 「遍在」の消え去った地面にもう一瞥もくれず、タバサは 己の「遍在」を解除して空を見上げる。シルフィード上の ルイズに向かって、いつもの無表情で言葉を投げかけた。 「・・・もう、大丈夫」 「・・・・・・タバサ・・・」 今のルイズには、理解出来る。キュルケとギーシュの為だけ ではない。タバサは他でもない、この自分の為に怒り、そして 戦ってくれたのだと。 「・・・そうだ、薬っ・・・!!」 安心したのか、激痛の中保ち続けていた意識をようやく手放した キュルケに気付いて、ルイズは大事なことを思い出した。 ごそごそとポケットをまさぐると、小さな缶をいくつか取り出す。 ギアッチョの為に、ここで新たに貰った魔法薬だった。死に尽くす 軍隊には要らぬものだと言って笑うウェールズが脳裏に浮かぶ。 再び溢れかけた涙を、唇を噛んで押し留めた。 「・・・シルフィード、降りて」 頭を撫でて呼びかけると、シルフィードはすぐに応じる。 シルフィードが下降を始めたその時、回廊へと通じる扉が軋んだ 音を立てた。 「・・・!ギアッ・・・」 思わず叫びかけたルイズの声を止めたものは――扉の向こうに姿を 現した二体のワルドだった。その姿を確認して、シルフィードが 再び空に舞い上がる。「遍在」を通して状況を把握していたのだろう、 ワルドは中庭に己の分身が見えないことに驚く様子も見せず笑う。 「我が二体の『遍在』を消し去るとは・・・少々読みが甘かった らしいな」 「・・・そんな・・・ギアッチョは・・・?」 愕然とするルイズを眺めて、ワルドは面白そうに顔を歪めた。 「死んだよ」 「え・・・・・・?」 「いや・・・まだしつこく生きているかもしれんな もっとも、 あれだけの瓦礫に押し潰されては五体満足とはいかないだろうがね」 「嘘・・・!!」 ルイズは我を忘れて叫ぶ。そんな彼女をいよいよ愉快そうに見遣って、 ワルドは言葉を重ねた。 「何故奴ではなく私がここにいるか、分からぬ君ではあるまい?」 「・・・そ・・・んな・・・・・・」 綺麗な顔を蒼白に染めたルイズの呟きは、風に吹かれて空に消えた。 絶望に打ちのめされたルイズに更に追い討ちをかけるべく口を開く ワルドに、突如氷の散弾が撃ち放たれた。それぞれ左右に飛び 避けて、二体のワルドはタバサにその杖を向ける。 「黙って」 吹き荒れる雪風の如き意志で、タバサが呟いた。そのまま彼女は、 次の魔法の詠唱に入る。生きてさえいれば、助けることも出来る かもしれない。そう判断したならば、すべきことはただ一つ。 遮る者を排除する――それだけだ。 「やれやれ、不意打ちとは野蛮なことだな しかし私は紳士だ、 一対一で以て正々堂々とお相手仕ろう・・・我が『遍在』がね」 左のワルドが、完璧な作法で一礼する。同時に、右の「遍在」が 前へと進み出た。タバサは構わず、エア・カッターを発動する。 巨大な不可視の刃が「左の」ワルドへと疾駆するが、その進路上に 「遍在」は読んでいたかのように立ちふさがった。そのまま エア・ハンマーを解放すると、槌と刃は撃ち付けあって相殺された。 「相手をするのは『遍在』だと言ったはずだが?ミス・タバサ 仕方が無い、よく理解させてさしあげろ」 ワルドの言葉に答えるように、「遍在」が詠唱を開始する。 その呪句に、無表情なタバサの顔に一瞬焦りが浮かんだ。 迅速にルーンを唱え、「遍在」のライトニング・クラウドが 完成するその瞬間に、タバサは間一髪フライで上空へと離脱した。 表面上は無感動な顔に戻りつつも、タバサは心中これはマズいと 考える。確かに、相手をするしかないらしい。「遍在」は 与えられた魔力を使い切るつもりだ。それで自分を倒すことが 出来たならばよし、例え出来なくとも体力と精神力にある程度の 損耗を与えられることは間違いない。そうなれば残った本体の ワルドと自分、どちらが有利かは明白だ。強力な魔法を使い 続けるというわけにはいかない。 ・・・しかし。 憤怒を隠す氷の双眼で、タバサは二体のワルドを射貫く。 抑えられるものか。ルイズの心を裏切り、ギーシュを瀕死に 追い遣り、キュルケをゴミのようにいたぶり、ギアッチョを 打ち倒して尚笑うこの男を前にして、怒りを抑えることなど 出来るものか。 ぎりりと杖を握り締めて、タバサは呪文の詠唱を開始する。 エア・ストーム。解き放たれた竜巻が、杖を剣のように構えて 地を駆ける「遍在」をその暴威で容赦無く吹き飛ばした。間髪 入れず、タバサは次の一手に移行する。スクウェアの力で形成 された巨大な風の刃が倒れ落ちた「遍在」を切り裂くべく襲い 掛かるが、「遍在」は素早く横転してそれを避けた。唱えていた フライを発動して空を走り、「遍在」はそのまま反撃に転じる。 「・・・ッ」 反射的に後退し、一撃二撃とタバサは「遍在」の剣撃を避けるが、 ボグァッ!! 「うッ・・・!!」 直後放たれたエア・ハンマーを避けることまでは出来なかった。 華奢な身体を軋ませながら彼女は後方に吹き飛んだが、その 状態にあって尚タバサは詠唱を止めない。石畳に叩き付けられる その瞬間、怒りという名の強靭な意志の下撃ち放たれた渾身の ライトニング・クラウドが――「遍在」の身体を、跡形も無く 灼き尽くした。 パチパチと、手を叩く音が聴こえる。痛む身体に鞭打って 立ち上がったタバサの眼に、愉快そうな顔で拍手を続ける ワルドの姿が映った。 「これはこれは・・・いや、見事だタバサ君 君達の力には どうにも驚かされ続けるね」 そう言うワルドの顔に浮かぶものは、余裕以外の何物にも 見えなかった。極寒の視線で、タバサはワルドを射る。 この男だ。この男こそが、全ての元凶――・・・。 端正な顔を歪めて笑うワルドに、己の両親を陥れた男と、その 娘の顔が重なる。人の命を、まるでゲームのように弄ぶ親子と。 「・・・許さない・・・」 もう一度だけ、小さく、しかし激烈な怒りを込めて呟き―― タバサは身の丈よりも長い己の愛杖を、ワルドに突きつけた。 杖を構えようともしないワルドに構わず、全霊を込めて 魔力を練り上げる。衝動のままに一気に解放すると、唸りを 上げて荒れ狂う氷嵐が、ワルドを喰らい尽くさんとばかりに 襲い掛かった。間近に迫ったそれを見て、ワルドはようやく ルーンを詠唱する。完成と同時に現れたのは、タバサのそれを 遥かに凌ぐ大きさのエア・ストームだった。 「見るがいい・・・真のスクウェア、その力を」 ゴォアアアァアアァァアアァアァアアアッ!! 轟然たる絶叫を上げながら、巨大な竜巻はタバサの氷嵐を 巻き込み、引き裂き、掻き消した。それはアイス・ストームを 打ち破って尚その勢いを止めず――タバサ自身をも呑み込むと、 その衣服を、肌を切り裂きながら上空高く吹き飛ばした。 「タバサっ!!」 ルイズは竜巻から逃げ惑う風竜にしがみつきながら叫ぶ。 きゅいきゅいと、主人に向かってシルフィードもまた悲鳴を 上げた。彼女達の声で、タバサは何とか意識を保ち続ける。 石畳の地面に衝突する寸前、ギリギリのところでフライを 発動した。 ふわりと地面に降り立つと、タバサは再び杖を構える。 無感動に見える彼女の双眸からは、一欠けらの闘志も 失われてはいなかった。 「・・・まだ戦う気力があるとはな ――だが、そろそろだ」 一瞬驚きの表情を見せたワルドを無視して、タバサは再び 呪文の詠唱に入る。 「・・・ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ・・・」 己の魔力を杖先に集め――解放しようとした、その瞬間。 ぷつりと、まるでマリオネットの糸が切れたかのように・・・ タバサは力無く地面に倒れ落ちた。 「・・・・・・な・・・っ」 全身から、どっと疲労が溢れ出す。立ち上がるどころか 呼吸すらも苦しい。指一本動かせずに、ただ地面に倒れて 荒い息を繰り返すタバサを見下ろして、ワルドは嘲笑する。 「突然偶発的に、そして無理矢理にスクウェアの世界へ 押し入った者がこのように力を行使すれば、身体にガタが 来るのは当然だ 分かるかね、タバサ君?今の君の身体は、 これ以上の負荷に耐えられない」 「・・・・・・っ!」 言い返す言葉も、喉からは出てこない。悔しさに歯を 食い縛る力すらない現実。痛みよりも疲労よりも、それが 何よりタバサの心に深く突き刺さった。 だが、ここで諦めるわけにはいかない。まだ手は残っている はずだ。シルフィードとルイズがいる。まだ終わってはいない―― ドゴァッ!! 「う・・・ッ」 喋ることすらままならないタバサを、ワルドは空気の槌で 容赦なく殴り飛ばした。タバサが倒れた位置を確認して、 黒衣の背信者は酷薄な笑みを浮かべる。 「実にいい・・・その位置がな 捨て置いてもいいのだが、 わざわざ後に禍根を残すこともないだろう」 タバサは、キュルケとギーシュを結ぶ直線状に倒れていた。 範囲の大きな魔法で薙ぎ払うならば、三人は実に都合のいい 位置にいることだろう。ワルドはちらりと上空のシルフィードに 眼を向けた。タバサを人質としてルイズを奪おうかと考えたが、 そんなことをするまでもなく自分ならば簡単に奪い返せると 思い直して、ワルドはタバサ達に眼を戻した。グリフォンに 乗って追いかけ、エア・カッターで翼を切り裂いてやれば いいだけの話だ。杖を構えて、ワルドは朗々と詠唱を始める。 その呪句は、知っている者であれば誰もが震え上がるであろう 凶悪無比なスクウェアスペル――カッター・トルネード。 ゴヒャアアアァァアァァアアアァァアアッ!!! 禍々しい轟音と共に、天を衝く巨大な竜巻がワルドの眼前に 現れた。石畳をバキバキと破壊しながら、ゆっくりとタバサ 達へ迫ってゆく。呑み込まれれば最後、四肢をバラバラに 引き裂かれてしまうだろう。 「・・・・・・ぅ・・・くッ・・・・・・!!」 進み来る死に、タバサは絶望の声を上げることすら出来なかった。 「きゅいっ!?」 頭上で、シルフィードの声が鳴り響く。数秒置いて、タバサの 目の前に――ルイズが殆ど倒れるように着地した。よろよろと つんのめりながら、ルイズは荒れ狂う竜巻の前に立ちはだかる。 「――・・・!!」 タバサは形を成さない声を上げる。ルイズの行動はあまりにも 意外で、そして無謀だった。 「やめてワルドッ!!」 タバサ達を庇うように、ルイズは大きく両手を広げた。杖を 軽く振って、ワルドは竜巻の進行速度を落とす。 「どくんだ、ルイズ 彼女達はこうなると分かっていて 戦いを挑んで来た ここで死ぬのも本望だろうさ」 冷え切った声で答えるワルドに、ルイズは必死に懇願する。 「お願い、やめて・・・!!これを止めて!ワルド!!」 叫ぶルイズの声で、キュルケは意識を取り戻した。眼前の 光景に思わず上体を跳ね上げるが、肉体と精神、その両面の 極限の疲労で、彼女は再び地面に倒れ込む。 「・・・くっ・・・ルイズ・・・!何やってるのよ・・・ 早く逃げなさい!」 「うるさいわよキュルケ・・・怪我人が大声出さないで」 振り返らずに、ルイズは答えた。石畳を微塵に砕きながら じりじりと迫り来るカッター・トルネードに、ルイズの髪は 逃げるかのように後方へなびき始めている。 「ルイズ!!逃げろって言うのが分からないの!? もういいわ、もういいから逃げなさい!!そんなことを したってあれは止まらないし、ワルドも許しはしないわよ!」 「わたしがそう言った時、あんたは逃げなかったじゃない!!」 「――・・・ッ!!」 キュルケは絶句する。自分がルイズの言葉を無視し続けたあの 時と、これはまるで反対だった。 「・・・あんたも、タバサも、ギーシュも・・・揃いも揃って バカじゃないの?勝てないなんて分かりきってるのに、こうなる なんて分かりきってるのに・・・!こんなところを見せられて、 誰が黙って逃げられるのよ・・・ッ!!」 「・・・ルイズ・・・・・・」 肩を震わせながら言い放つルイズから、キュルケはゆっくりと 顔を背ける。このどうしようもなくバカ正直な少女は、きっと 何を言おうが動かない。短くない付き合いの中で、キュルケは 嫌という程理解していることだった。 「・・・もう一度言おう どくんだ」 猛禽を思わせる双眸で、ワルドは鋭くルイズを見据える。しかし ルイズは怯むことなく口を開いた。その眼を一瞬たりとも ワルドから離すことなく。 「お願い・・・ワルド、やめて・・・!!」 ワルドはぎりぎりと杖を握り締めた。美丈夫然としたその顔を、 苛立ちに歪めて怒鳴る。 「どけ!!」 「嫌よ!!」 刹那の躊躇もなく、ルイズは凛として拒絶する。ギアッチョは きっと怒るだろう。だけどそれでも構わない。ただの一%でも、 彼女達が助かる可能性があるのなら。 ――・・・喜んで、この身を差し出すわ・・・! 数秒、二人は退かず睨み合う。一つ溜息をつくと、ルイズから 視線を外してワルドは諦めたように首を振った。 「・・・もういい、よく解った」 「・・・・・・」 「よく解った・・・どうあろうと、君は私には従わないと いうことがな」 激情を冷え切った殺意に変えて、ワルドは言い放った。 「飛ばぬ小鳥に用は無い」 野獣のようなワルドの殺意に曝されても、ルイズは一歩を 動くことすらしない。 「言い遺すことはあるかね」 ワルドの言葉に、たった一言口を開く。 「・・・哀れね、ワルド」 ただそれだけの短い言葉が、ワルドの怒りに触れたようだった。 その顔がまるで獣のような表情に歪む。 「もっと上手く生きるべきだったな・・・ルイズ!!」 吼えるワルドに、もはやルイズは何も答えなかった。 竜巻がルイズの命を刈り取るまで、あと数歩の距離もない。 砕けた床石の破片が、とうとうルイズにぶつかり始めた。 頬に、腕に、膝に、次々と切り傷がついてゆくが、それでも ルイズは逃げない。死への恐怖に身体を震わせながらも、 キュルケ達を庇う両手を彼女は決して休めはしなかった。 「・・・では死ね」 己の婚約者にそう吐き捨てて、ワルドは杖を持ち直す。 カッター・トルネードの進行速度を元に戻した瞬間、ルイズと 死に損ないの三人は紙人形のように切り裂かれることだろう。 口元に酷薄な笑みすら浮かべて、怒りと共に杖を振りかぶった ――その時。 バガァアアァァァッ!! 回廊へ通じる扉が、轟音と共に弾け飛んだ。 「随分とよォォォォ~~~~~~~・・・やってくれたみてー じゃあねーか・・・ ええ?オイ・・・」 それは、もう聞けないと思っていた声だった。 「・・・・・・ギ・・・アッチョ・・・?」 動ける者は、皆振り向いた。震える声で、ルイズは呟く。 そこにいたのは――紛れも無く、己の使い魔。誰よりも 頼りになる味方。そして何物にも代え難い―― 「バカな・・・何故貴様がここにいる!!ギアッチョッ!!」 その姿は、一言で表すならば正しく瀕死であった。堅牢無比を 誇るスーツは解除され、全身からは夥しい量の出血。異国の 服はあちこちが破れ、そこから生々しい傷跡が覗いている。 血塗れの手に剣を携えててルイズ達の後ろから歩いてくるその 姿は、しかしワルドに恐怖を覚えさせるには十分に過ぎた。 ギアッチョは何も答えない。ギーシュの、キュルケの、タバサの 横を、彼は黙ったまま踏み締めるように通る。一瞬にして静寂に 満ちた中庭を、彼は遂にルイズの元へ辿り着いた。 「・・・ギアッチョ・・・っ!!」 もう一度、ルイズは潤んだ声で男の名を呼ぶ。いつもの仏頂面で ルイズを見遣って、ギアッチョは彼女の頭をぽんと撫でた。 「・・・頑張ったじゃあねーか ガキ」 「え・・・」 眼を白黒させるルイズに、ギアッチョは片手に掴んだ魔剣を 突き出す。 「持てるか?」 「へ?・・・う、うん」 ルイズがデルフリンガーを受け取ったのを確認して、 ギアッチョは一歩ルイズと距離を開ける。そのままワルドに 向き直ると、ギアッチョはぽつりと呟いた。 「黙って見ているバカがどこにいる・・・か」 急激に吹き荒れ始めた冷気に身を任せて、彼は半身の名を呼ぶ。 「・・・ホワイト・アルバム」 ギアッチョの呪句で、ワルドは今が戦闘中だとようやく思い出した。 「チィッ・・・!!」 焦りを切り捨てるように杖を振る。その瞬間、刃の渦は再び 速度を増して走り始めた。 「ルイズ!!俺をあの竜巻にかざせッ!!」 デルフリンガーが叫ぶ。ルイズは殆ど反射的に、剣を前に 突き出した。同時に、再び白銀の鎧を纏ったギアッチョが 両手を虚空に押し出すようにかざす。 「待ってなワルド・・・綺麗にブチ砕いてやるぜ ルイズ、オンボロ、『覚悟』を決めろッ!!」 叫んだ刹那、巨大な竜巻はついにギアッチョに重なった。 スーツに次々と裂傷を刻みながら、それは貪欲にルイズをも 呑み込まんと進み続ける。 「ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープスッ!!」 ギアッチョの周囲で、風の刃は次々と凍り、阻まれ、霧散してゆく。 しかしそれも、カッター・トルネードの進攻を停止させるには 至らない。渦巻く烈風が、その中心に向かってルイズを引き込み 始めた。 「・・・くッ・・・!!」 「オンボロ!!」 「おぉよッ!!すっかり忘れてた俺の真の姿、とくとその眼に 刻みやがれってんだ!!」 言うや否や、デルフリンガーの錆びた刀身が光を帯びる。帯びた 傍から、赤茶けた錆びはパキパキと音を立てて剥がれ出した。 「デルフ・・・?」 呆けたルイズの言葉に答えるように、一際大きく輝くと―― その光の中から、見惚れんばかりの名剣が姿を現した。 「いくぜルイズ!!力一杯踏ん張りなァ!!あの野郎のちゃちな 魔法は、このデルフリンガー様が一つ残らず吸い込んでやるぜ!!」 「有り得ん・・・こんなことは・・・!!」 ワルドは呆然と後ずさる。カッター・トルネードを構成する魔法の 風が、雄々しく輝くデルフリンガーの刀身に「喰われて」ゆく。 その光景は、この上なく禍々しく――そして神々しい。 「凄い・・・」 「気ィ抜くんじゃねーぞ!全部だ!この俺様が全部喰らい尽くす!!」 風が凍り、空気の壁に阻まれ、無数の粒に砕け消え、吸い込まれる。 凄絶にして荘厳なその現象に、誰もが魅入られていた。しかし、 竜巻の爪牙は未だ砕けない。 「ぐッ・・・!」 度重なる風の斬撃に、ホワイト・アルバムはついに欠損する。白銀の 鎧、その肩口に出来た傷口から血が吹き出した。 「ギアッチョ!!」 「黙って構えてろ!ここが正念場だぜ、ルイズッ!!」 「う、うん・・・!!」 デルフリンガーを両手で強く握り締め、ルイズは強く前を睨む。 ギアッチョの言葉は、自分に勇気を与えてくれる。身を裂き始めた 竜巻に、ルイズはもう何の恐怖も感じなかった。 「デルフ・・・お願い、力を貸して!」 「ッたりめーよ!!行くぜェェェェェ!!」 「おおおぉおぉぉぉおおおおおおぉおぉおおッ!!!」 魔剣と魔人は、声を一つに咆哮する。その瞬間、凍結と吸収は 更にその力を増し、 バシュゥウウウウゥウゥゥウウゥッ!!! 逆巻く竜は全てを奪われ――旋風一陣残さずに消失した。 「・・・カな・・・ そんな・・・バカな・・・・・・!!」 まるで壊れた蓄音機のように、ワルドはぶつぶつと繰り返す。 あの化け物に刃が届かないというなら解る。だが奴は、奴らは この暴悪無比のスクウェアスペルを消滅させたのだ。消し尽くし、 喰らい尽くしたのだ。 「おい~~~~~~~~~~~・・・『覚悟』は 出来てんだろーなァァァァアーーーーーーーーー!!」 受け取ったデルフリンガーを、ギアッチョは静かに構える。 この男は――倒せない。ワルドは今、誤魔化しようも無く それを認識していた。力も、策も尽きている。残る手段が あるとすれば・・・それはただ一つ、逃走のみ。 ワルドは弾かれたように杖を構えた。 「イル・フル・デラ・ソ・・・」 「遅ェェェ!!!」 「ぐおァァッ!!」 ワルドは獣の如き呻きを上げる。光を放つ左腕に握られた デルフリンガーが、ワルドの胸を袈裟斬りに切り裂いた。 吹き出す鮮血がかかるに構わず、ギアッチョは右手を突き出す。 「死んで詫びろッ!!」 が。 「ソ、ル・・・ウィンデ・・・!!」 ブォアッ!! 「何ッ!?」 ギアッチョの手は一髪の差で虚空を掴む。胸を裂かれながらも、 ワルドは驚嘆すべき気力でフライの詠唱を完了させていた。 「野郎・・・!」 ギアッチョが睨むその先で、ワルドは血の滴る胸を抑えて笑う。 「ククク・・・・・・ハァ・・・ハァ・・・ッ やはり最後は 私の勝ちらしいな・・・!ゴホッ・・・手紙とルイズの奪取は 成らなかったが・・・ウェールズを殺し切れただけでもよしとしよう」 「ワルド・・・ッ!」 悲しげに叫んで、ルイズは短くルーンを唱える。その杖がワルドの 周囲に爆発を巻き起こしたが、前触れ無く生じる爆風はルイズ自身の 疲労の為か目標にかすることさえしない。冷や汗にまみれた顔を 嘲りに歪めて、ワルドは二人を見下ろした。 「戦の炎はそろそろ城内に回り始めるだろう 杖に、剣に、爪に、 蹄に蹂躙されて死ぬがいい!」 「ワルド、どうして・・・!!」 ルイズの言葉に、ワルドは答えない。もはや何の興味も無いと 言わんばかりにルイズから視線を外すと――全てを捨てた男は 黒衣を翻して空へ消えた。 虚脱と忘我、怒りと悲しみ・・・溢れ絡まる幾多の感情を 鳶色の瞳に映して、ルイズは空を見上げ続ける。その耳に 突如届いた轟音で、彼女はようやく我に返った。それは大砲の 響きか火系統の爆発か、いずれにせよ賊軍が既にこの近くまで 押し寄せているという証左であった。 「・・・ど、どうしよう ギアッチョ・・・!!」 ルイズはパニックに陥った。非戦闘員を乗せた船などとうに 出港しているはずだ。折角助かったというのに、このままでは ワルドの言葉が現実と化すまで数分とかからないだろう。 焦りを隠すことも忘れてギアッチョを振り返るが、 「慌てんじゃあねーぜ こんな展開は予想済みだ」 「・・・う、うん・・・」 一片の焦りも見せないギアッチョの言葉に、ルイズの動揺は 呆れる程容易く消え去ってしまった。 「タバサ、問題はねーな」 問い掛けながら、ギアッチョはタバサに首を向ける。未だ指 一本動かすことさえ困難な身体で、タバサは何とか頷いてみせた。 それに合わせるように、中庭にシルフィードが舞い降りる。 次の行動に移りながら、喋れないタバサの代わりにギアッチョが 口を開いた。 「タバサに頼んでた用事がこいつだ 万が一に備えて逃走経路の 偵察をさせておいた」 「あ・・・」 なるほど、確かにこうなってしまっては鍾乳洞の港へ向かうことも 出来ないだろう。より危険が少ないルートを知る必要があると、 ギアッチョは昨日の内から予測していたのだった。普段からは 想像もつかない彼の慧眼に、ルイズとキュルケは眼を丸くする。 「・・・さて」 ようやく氷の鎧を解除すると、ギアッチョはギーシュの元へ 歩を進めた。 「・・・・・・マンモーニ・・・たぁ言えねーな、ギーシュ」 そう呟いて、未だ意識を失ったままのギーシュを肩に担ぐ。 やはりかなりのダメージがあるのだろう、若干ふらつきながら ギアッチョはシルフィードへと歩き出した。 手伝おうと駆け寄りかけたルイズは、その瞬間あることを 思い出す。ギアッチョの姿を数秒苦しげに見つめた後、 「・・・・・・っ」 それを振り切って、彼女は破壊された扉を踏み越えて回廊へと 駆け出して行った。 「血で汚れちまうが・・・ま、我慢してくれ」 その背にギーシュを座らせながら、ギアッチョはシルフィードに 一言詫びる。風竜がきゅいきゅいと鳴いたのを確認して、今度は タバサを抱き上げる。ルイズよりも更に軽いその身体は、驚く程 簡単に持ち上がった。 「・・・が・・・とう・・・」 同じくシルフィードの背に横たえる瞬間、タバサは苦しげな 声で呟く。ギアッチョは一瞬見せた迷うような顔を隠すように キュルケの方に向き直り、ややあって一言口にした。 「・・・そいつはこっちの台詞だ」 そのまま、見つめるタバサを振り返らずにキュルケの元へ歩いて 行く。両手を地面について何とか自力で立ち上がろうとしていた キュルケは、ギアッチョに気付いて少し上擦った声を上げた。 「わ、私は自分で立てるわよ!あなたも怪我人なんだから、 はやくシルフィードに乗って・・・きゃあっ!?」 問答は面倒なだけだと判断して、ギアッチョは構わずキュルケを 抱え上げる。 「ちょ、ちょっと!いいって言ってるじゃない!私は自分で 歩けるわよ!聞いてるのギアッチョ!?」 「うるせーぞキュルケ 強がりは状況を選ぶもんだぜ ・・・第一、てめーらがこうなったのはオレのせいだろうが」 その言葉に、キュルケは渋々抵抗をやめる。少し恥ずかしげに 顔を背けて、呆れたように呟いた。 「あなた達って、揃って同じようなこと言うんだから」 身体のそこかしこが汚れた格好で、ルイズは回廊から戻って来た。 どこか翳りの見える顔で中庭を見渡すと、そこにはギアッチョに 抱えられてシルフィードに乗せられるキュルケの姿。 「・・・・・・」 「ああ?」 ぼーっと突っ立っているルイズに気付き、ギアッチョはそちらに 足を向けた。 「何やってんだ とっとと乗れ、時間がねーぜ」 その長身で自分を見下ろすギアッチョを見上げて、ルイズは 恐る恐るといった風に口を開く。 「えと・・・・・・わ、わたしも怪我してるんだけど・・・」 「してるな」 言わんとしているところが解らず、ギアッチョはそれが何だと いう顔で返事をする。 「・・・だ、だから・・・!・・・・・・その・・・あの・・・」 あやふやな声を出す度に、ルイズは思わず言ってしまったことが どんどん恥ずかしくなってゆく。顔を真っ赤に染めるルイズを 見て、一方のギアッチョは「またいつもの病気か」と納得した。 ルイズがこんな顔をする時、ギアッチョには大抵最後までその 理由は解らない。そんなわけで、ギアッチョは「いつもの病気」と いうことで適当に納得して、さっさとこの場を収めることにした。 「なるほどよく解ったぜ 続きはここを出てから聞くからよォォーー」 「ぜ、全然解ってな・・・きゃあぁっ!?」 ギアッチョは面倒臭いとばかりに溜息をつくと、ルイズの腰に 片手を回して無造作に抱え上げた。 「ちょ、ちょっとギアッチョ!?なななな何してぇぇっ!?」 後ろ向きに抱えられて、ルイズは思わずわたわたと手足を動かす。 「やかましい 時間が勿体ねーんだよ」 悪態をつきながら、ギアッチョは問答無用で歩き出した。 「も、もうちょっと、だ・・・も、持ち方ってものがあるでしょ! 子供じゃないんだからっ!!」 「子供じゃねーか」 「ちがっ・・・!!」 抗議を続けるルイズを適当にあしらいながら、シルフィードの 背中に乗る。前回を考えて持つ場所は選んだのだが、当のルイズは それに気付く余裕はないようだった。 「あ、あのねぇ!何か勘違いされてそうだから言っておくけど・・・」 背びれを挟んでギアッチョの隣に座りながら、ルイズは身を乗り出す。 「それは、その・・・確かに、見た目のせいでほんの少しだけ 小さく見られることはあるわよ?・・・ほんの少しだけ だけど、 わたしは子供じゃないの!もうれっきとしたじゅうろ・・・」 「ルイズ、おめーさっきから何を握ってんだァ?」 「・・・んだから!分かったらわたしを子供扱いしな・・・え?」 ギアッチョの視線は、強く握られたルイズの右手に向いていた。 「こいつだ」 その小さな手を、ギアッチョは無造作に掴む。 「ちょっ――!!」 「・・・こりゃあ・・・」 彼女の右手に大事に包まれていたものは、蒼古たる輝きを放つ ――風のルビー。半壊した礼拝堂の中で損なわれずに残っていた ウェールズの遺体から、ルイズはそれをそっと抜いて来たのだった。 ふにゃりと真っ赤に崩れたルイズの顔が、悲しみのそれに変わる。 「・・・そうよ、殿下の遺品 せめてこれだけは、姫様に渡したくて」 沈んだ声を打ち払うように、「きゅい!」と一つ鳴き声が響く。 上昇を始めた風竜の背から半壊した礼拝堂を見下ろして、ルイズは 再びルビーを握り締めた。風に髪をなびかせながら、静かに呟く。 「・・・ごめんなさいウェールズ様・・・ あなたをここに 置いて行きます だけどこれだけは、必ず姫様に渡します あなたの遺志は、必ず姫様に伝えます・・・――」 「あィイッ!!!」 情けない悲鳴が、大空にこだました。 「ッだだだだだだだだだだだだだだ!!!もうちょっと優しく! 優しくゥゥゥゥゥゥ!!」 モンモランシーが聞けば失望しそうな声を上げているのは、 勿論ギーシュである。 「・・・・・・」 蹴落としたい気持ちを抑えて、ギアッチョはギーシュに薬を塗る。 信じられない回復力である。魔法薬の効果が出ているのかどうか、 門外漢のギアッチョには解らないが、あれだけ血を流しておいて もう元気に悲鳴を上げているというのはやはり瞠目すべき生命力で あるように思う。 以前メローネが「ギャグキャラは一コマで傷が治るもんだ」だの なんだのと言っていたが、ようするにこいつもそういう類の 人間なのかと考えて、ギアッチョは妙に納得した。 ニューカッスルを離れて数刻。応急手当は大体が終了していた。 タバサは大分疲労が回復して来ていたし、ルイズは比較的軽症。 全身にダメージを負ったキュルケは、ルイズの手によって包帯 だらけの格好と化している。前述の通りギーシュはギアッチョが 手当てを務め、そのギアッチョの手当てはルイズが行った。今度は 最初から最後まで自分で手当て出来たので、ルイズはどこか満足げな 顔をしている。 奇跡的なことに、誰一人として命に別状はないらしい。全員の 様子を確認してから、ギアッチョは言いにくそうに口を開いた。 「・・・で、だ」 その声に、ルイズ達の注目がギアッチョに集まる。がしがしと 頭を掻いて――ギアッチョは彼女達を見返した。 「・・・・・・・・・悪かったな」 ルイズ達は皆、一様にきょとんとした顔をしている。 そんな彼女達を見渡して、ギアッチョは続けた。 「オレ一人でブッ倒すつもりが、まんまとやられた挙句に てめーらまで巻き込んでこのザマだ 瓦礫ン中でなんとか こいつに手が届いたからよかったがよォォー・・・」 ギアッチョはひょいとデルフリンガーを持ち上げて、苦々しげに 顔を歪めた。 「てめーらに怪我負わせたのはオレの責任だ・・・悪かった」 己の非によって近しい者が被害を受けたならば、然るべき筋を 通す。ギアッチョはそれが出来る男だった。らしくもなく 自責に駆られている様子のギアッチョに、場が静まり返る。 その静寂を切り裂いて、やがてギーシュが口を開いた。 「何を言ってるんだね君は 君がいたからこそ、僕達は皆無事に ここにいることが出来るんじゃないか 君がいなければルイズは あっさりさらわれて、僕達は今頃天国巡りの真っ最中だよ」 己のせいで重症を負ったはずの男は、まるでそんなことなど 無かったかのように笑う。 「感謝こそすれ、君を恨むような理由なんてあるわけないさ」 ギーシュの言葉に、キュルケとタバサは同時に頷いた。 「ま、一番被害の大きい人間にこう言われちゃあね」 キュルケもまた、冗談じみた言葉を返して笑う。いつの間にか 読書をしている程に回復したタバサは、顔を上げてもう一度 こくりと頷いた。 「・・・・・・」 ギアッチョは言葉無く彼らを見返す。ギアッチョの生きて来た 世界では考えられなかったことに、彼は返す言葉を見出せなかった。 「そうよ、ギアッチョがいなきゃどうにもならなかったわ」 使い魔の顔を覗き込んで、ルイズも言葉をかける。 「・・・・・・謝らなきゃいけないのは、わたしのほうよ」 ルイズは悄然として俯いた。キュルケ達の視線が、今度は ルイズに集まる。 「ギアッチョのせいじゃないわ・・・ あんた達がそんなに ボロボロになったのは全部わたしのせいよ わたしが何も 出来ないから、わたしがゼロだから・・・・・・」 彼女達の痛ましい姿を見て、ルイズはゆっくりと首を振った。 魔法が使えない自分には、抵抗することも出来なかった。 ――無力。その言葉がルイズに重く圧し掛かる。命を救われたと いうのに、自分は彼女達に何をしてやることも出来ない。 ルイズには、ただ愚直に謝ることしか出来ない。それが、 何より辛かった。 「・・・・・・だから ごめ――」 「ストーーーップ!」 「・・・?」 制止をかけたのはキュルケだった。呆れたように微笑んで、 ルイズに語りかける。 「あのね、これは私達がやりたくてやったことなのよ それでいくら怪我を負おうが――たとえ死んでしまったと しても、私達があなたを恨むわけがないでしょう?」 ルイズは言葉に詰まる。やや置いて「でも」と口を開き かけた彼女を、今度はタバサが遮った。 「・・・友達」 友達。どれ程焦がれていたか分からないその言葉を、 ルイズは今再び投げかけられた。 「・・・・・・私、が・・・?」 魔法が使えない。ただそれだけで、周囲は彼女を遠ざける。笑い、 蔑み、拒絶する。それが、ルイズの人生だった。気丈な彼女は、 人前で弱みなど見せない。周囲の罵倒に、己の失敗に、逃げず 怯えず戦い続けた。しかし彼女は人間。どこにでもいる十六歳の、 ただの小さな少女なのだ。誰も入って来ない、小さな自室。ルイズが 己の心を曝け出せるのは、広い学院中で唯一そこだけだった。怒りで、 悔しさで、情けなさで、悲しさで、ルイズはただ独り、何度も何度も 泣いた。そしてその度に、彼女は己の無価値を思い知る。落ちこぼれの 自分に、無能な邪魔者の自分に友人など出来るわけがないと、まるで 終わることのない悪夢のように。 ルイズは、恐る恐るタバサを見る。その怯えを、不安を、孤独と いう名の泥濘を、全て断ち切るかのように――タバサは小さく、 しかし、強くはっきりと頷いた。 「・・・・・・あ・・・」 こんな時、一体どんな顔をすればいいのだろうか。それが解らず、 ルイズはただ呆然とタバサを見る。だが、いつも通りの無表情に 見えるタバサの顔が、今確かに優しさを映していること―― それだけは、はっきりと理解出来た。 「そうさルイズ 僕らは友達だ 友の窮地を救うのに、傷の一つや 二つを厭う人間が一体どこにいるんだい?」 「・・・ギーシュ・・・」 底抜けの笑顔で言ってのけるギーシュに頷いて、若干恥ずかしげに キュルケが後を継ぐ。 「そういうことよ 私達は・・・と、友達なんだから・・・ 変な負い目も罪悪感も、あなたが感じる必要は――・・・って、 ちょ、ちょっと!何泣いてるのよ!!」 「だ・・・だって・・・・・・!」 止まらなかった。いつの間にかこぼれ始めた涙は、彼女の孤独を 洗い流すかのように、とめどなくぽろぽろと流れ続ける。ならば、 言うべきことは謝罪などではないはずだ。幾度もしゃくりあげながら、 ルイズはただ一言を返す。「ありがとう」と――それだけを。 友というものを、ギアッチョは今ようやく理解出来た気がした。 それは確かに他人の集まりだ。だが今、彼女達には決して消えない 絆がある。笑う気には――なれなかった。嘲る気には、なれなかった。 「・・・ギアッチョ」 ギアッチョの思考を切り裂いて、彼を呼ぶ声が聞こえる。 「何だ」と返して、ギーシュの方へと彼は顔を向けた。それを 確認して、ギーシュは柄にも無く真面目な顔で問い掛ける。 「君は・・・僕達の友人でいてくれるかい?」 「・・・・・・」 ギアッチョは沈黙する。ギーシュだけではない。それはこの場の 全員が問い掛けたかった言葉だった。彼らは直感的に気付いて いるのだろう。ギアッチョがここと、ここではないどこかとの 間で苦悩していることを。 友でいてくれるかということ。それは傍にいてくれるのかと いうことでもある。それは取りも直さず――イタリアか、 ハルケギニアか。どちらを選ぶかということだ。 引き延ばしにすることは出来る。流されるままに、運命に 従ってしまえばいい。しかしそれは、彼らの「覚悟」を蔑する 行為に他ならない。彼らは命を賭けて、その友情の真なることを 証明した。ならば己も、その行く末を賭けて決断しなければ ならないはずだ。イタリアへ帰るか、ハルケギニアに留まるか。 ルイズの使い魔であり続けるか――彼女を捨てるか。 ギアッチョはちらりとルイズに視線を遣る。この上なく不安げな 顔で、自分を伺う彼女と眼が合った。 額に片手を当てて、ギアッチョは深く溜息をつく。決めろと いうのなら決めるまでだ。・・・いや、どちらを取るか、そんな ことはとっくに決まっていた。自分はそれと向き合うことを、 恐れていただけだ。 やれやれと独白して、彼は口を開いた。 「・・・・・・オレは――」 ・・・見たこともない場所だった。規則正しく刈られた植え込みが、 まるで迷路のように続いている。赤く満ちた小さな月が、寄り添う ように昇る大きな月と共に地上を照らしていた。周囲を遠く囲む 広大な館に気付いて、彼はここが中庭だと理解する。 どこか遠くで、すすり泣くような声が聞こえた。気付けば、彼の 足は自然にそちらへ向いていた。茂みを乱暴に掻き分けて、声の 主を探して歩く。やがて彼の行く手に、色とりどりに咲き乱れる 花々が姿を現した。百花繚乱たるそれらは、見渡すばかりに 広がる池を美しく囲んでいる。その中央に小さな島が一つ。ほとりに、 小舟が一艘浮かんでいた。どうやら声は、そこから聞こえて来る らしかった。見ればそこには、肩に毛布をかけて幼い少女が座っている。 その目の前に立って、黒衣の男が手を差し伸べていた。優しげな声色で 少女慰めているようだったが、少女は身を硬くして怯えたように泣いて いる。 ・・・その光景に、彼は何故だか無性に腹が立った。岸から島まで どこにも足場はなかったが、彼は問題無く氷の道を作る。その上を 慣れた様子で歩くと、あっという間に小舟へ辿り着いた。男の肩に ぽんと手を乗せ、振り向いたその顔を力一杯殴り飛ばす。声も 立てずに、男は池に落ちて姿を消した。 詰まらなそうな顔で少女を見下ろして、彼は一つ溜息をつく。 「・・・いつまでも泣いてんじゃねーぞ クソガキが」 彼を見上げる少女は、いつの間にか十六歳の姿になっていた。 彼の主人であるところの少女は、ごしごしと涙をぬぐって微笑む。 「本当に、いつだって来てくれるのね・・・ギアッチョ」 「よーお 元気してっか?ギアッチョよォ~~」 突如聞こえた陽気な声で、ギアッチョとルイズは小島を振り向く。 そこにしつらえられた石のベンチに、数人の男が座っていた。 「・・・・・・てめーら・・・」 「クハハハハハハハ!何間抜けヅラしてんだよおめー、ええ?」 愉快そうに笑う男は――ホルマジオ。彼らは、紛れも無い ギアッチョの仲間達であった。 「オレ達のことは知っていると思うがよーーー こいつが 初めましてってことになるわけか?ルイズ 少々奇妙だが」 そう言って、イルーゾォはひらひらと手を振る。ぽかんとして いるルイズに、メローネが声を掛けた。 「そんなにディ・モールト驚くことはないさ・・・こいつは ただの夢なんだからな そうだろう?相棒」 「・・・その人を食ったような性格は死んでも治らねーらしいな」 どうやら状況に慣れたらしい。ギアッチョは呆れたように笑う。 「一度死んだくらいで治る程育ちのいい野郎がオレ達の中に いたか?」 ホルマジオの後ろに立つプロシュートが言うと、 「なるほど、そいつぁちげーねぇや!あいてッ!!」 「おまえに言われるとどーもムカつくぜ」 笑うペッシがホルマジオに殴られた。プロシュートの横に立つ リゾットは、無表情に皆を制する。 「お前達、その辺にしておけ」 両手を上げるホルマジオの横で、ペッシは頭をさすりながら 「へい」と一言返事した。 「・・・しばらく見ねー間に、随分とフケたんじゃあねーのか? ええ?オイ」 軽く悪態をつきながらも、ルイズにはギアッチョはどこか楽しそうに 見えた。 「さて・・・ギアッチョ」 「・・・何だ」 真紅の月に照らされて、ギアッチョはリゾットと真っ直ぐに 向かい合う。まるで心の奥底まで見通すような深い瞳で、リゾットは ギアッチョを見据えた。 「お前の決断・・・迷いはないな?」 「・・・・・・」 ギアッチョは、すぐに答えない。ほんの数秒、しかし深く内省し。 「・・・ああ 迷いはねーぜ・・・一片もな」 はっきりと、そう答えた。それを聞いて、彼らはニヤリと笑う。 「そうか ・・・ならば、ギアッチョ」 小さな月のように紅い双眸で、リゾットはルイズを見遣った。 「・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな」 「・・・・・」 「オレ達の影に――縛られるな」 ギアッチョはただ黙って聞いている。リゾットの後を、メローネが 静かに引き継いだ。 「出来ることならオレが変わってやりたいが、選ばれたのは どうやらあんたらしい ディ・モールトうらやましいが・・・ 守ってやれよ、その娘をな」 「ギアッチョ、オメーは物を深く考えすぎるからな・・・ オレ達が保障しておいてやるぜ その道は間違いじゃあねえ」 「クックック・・・まさかリゾットでもプロシュートでもなく、おまえが こんな役回りになるとはなァ いいか、オレ達は死んだ だがなギアッチョ、 おまえは生きてる そこだぜ・・・大事なところはよ」 「きっと苦労するだろうけどよ、嬢ちゃんも頑張って・・・イデッ!」 「だからおめーが言うなっつーの ま、せいぜい生きろよギアッチョ オレ達ゃ地獄の底から面白おかしく見物してっからよォ~~~」 ホルマジオが言い終えると同時に、世界は無情に、急速に白化を始めた。 ギアッチョが何かを口にしようと動くが、その声すらも白い霧に散る。 最後に一言、誰かが「じゃあな」と呟き――瞬間、世界はぷつりと消えた。 「・・・ん・・・ぅ・・・」 涼やかに頬を撫でる風で、ルイズは夢から醒めたことを知った。 ――・・・あれは、夢・・・ 夢、だったのだろうか。ギアッチョに去って欲しくない自分の、 あれは都合のいい幻想だったのだろうか? 「・・・・・・言うだけ言って消えやがって・・・バカ野郎共が・・・」 ぽつりと、独白するような声が頭上から聞こえる。 ――・・・え? ルイズは薄っすらと眼を開ける。視界に見えるのはキュルケ、 タバサ、そしてギーシュ。誰もが疲労で眠りこけていた。 隣にいるはずのギアッチョを確認しようとして、ルイズは 自分が何かに身体を預けていることに気付く。 ――・・・・・・ 霞む瞳を数回まばたかせたところで、 「~~~~~~~~~~っ!!?」 ルイズの心臓は飛び跳ねた。 ――ちょ、こここ、これって・・・!! 声を漏らさなかったのが不思議なぐらいだった。頭を胸に、 自分は身体を殆どギアッチョにもたれさせていたのだから。 ――・・・う・・・ 跳ね起きようと考えたが、どうしても身体が力を入れようと しない。己の気持ちを理解して――ルイズは何故だか、尚更 それを認めたくなくなった。 ――ねね、眠くて動けないだけだもん ギアッチョなんて、 か、関係ないんだから! 耳まで真っ赤にして、ルイズは無理矢理言い訳を考える。 どうにもまだまだ、素直になれないようだった。 心臓の鼓動がうるさい。ギアッチョに気付かれるかと思うと、 それはますます大きく脈打ち始める。 ――ああ、もぉ・・・!! 他のことを考えて落ち着けようと、ルイズは先程のことを振り返る。 ギーシュの問いに、結局ギアッチョは明確な返事をしなかった。 代わりに、彼は自分のことを話した。イタリアから来たこと、 暗殺者だったこと、スタンド能力のこと・・・。それは彼なりの、 不器用な信頼の証だった。 ギーシュ達は、誰も笑わなかった。ここまで一緒に戦い抜いてきた 仲間のことを、誰が疑うだろう。勿論、自分にとってそうである ように、彼らにとっても信じられないような話ではあったようだが。 ギアッチョの心は、皆理解していた。あの瞬間、皆の心はきっと 一つだった。ルイズにはそれが――どうしようもなく喜ばしい。 今見た夢に、思いを馳せる。彼らはただの夢だったのか、それは誰 にも分からない。しかしルイズは、きっと彼らは本物だったと思う。 紛い物の幻想に、ギアッチョの笑顔など引き出せはしないはずだから。 「・・・生きてやるよ この世界でな・・・」 ぽつりと、ギアッチョが呟いた。どこか晴れ晴れとしたその声に、 ルイズの左手は思わず彼の服を掴む。自分を揺り起こそうとしない ギアッチョが、ルイズは無性に嬉しかった。 ギアッチョの話を聞いた時のギーシュ達の笑顔を、自分は忘れない。 己を友達だと言ってくれたキュルケの、タバサの、ギーシュの言葉を、 自分は決して忘れない。ワルドが裏切り、ウェールズが死に、王国は 滅んだ。それらを思い出せば、この胸は張り裂けそうに痛む。 ――だけど・・・わたしは忘れない 右手の中の風のルビーを、ルイズは強く握り締めた。 わたしは、決して忘れない。この日のことを、生涯忘れはしない。 ルイズの手の中の、風と水。友と友を、過去と未来を結びつけるかの ように――二つのルビーは、美しい虹を作り出していた。 ==To Be Continued... 前へ 戻る 次へ
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前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ 「そういえば私ここに持ってきたものがあるんだけど」 ももえはルイズに別の世界から来たという証拠を見せるように要求された。 「何よ、これが証拠なの? なんか白い布をかぶった人の体のように見えるけど……」 「まあ大した事ないんだけどちょっと見てみてよ。 ―――余った私の本来の体」 「きゃあああああああ!!!!!」 ルイズは思わず悲鳴を上げた。そこにはあるべきはずの首が無いのである。 なぜか手を振っていた。吐きたくなってきた。 「な、なんでこんな事が………」 「だから昨日から言ってるじゃん。 私ははじめ、悪魔の体を持つ死神から斬られたから存在を肩代わりされちゃったのよ。」 ももえはやれやれとつぶやきながら説明する。 「で、今はその影響で現れた悪魔を追いかけてここに来たんだけど、 このカマで斬られたものの存在を肩代わりするのよ。」 すると、ももえは突然窓に目を向けた。 「最も肩代わりするのは斬られた者の"部分だけ"だから残りも当然あるわけで…… ほら、あそこに首だけある火とかげとか名前も知らない上級生が朝の散歩を 「いやぁぁぁぁあああああああ!!!!」 秋休み突入記念「ゼロの使い魔死神フレイム二年生ももえサイズ」 ルイズとももえはなぜかトリステインの城下町にいた。 他の二年生達は今頃新しい使い魔を連れて授業を受けているはずだ。 「なぜ、私達だけ『虚無の曜日』なのですか!?」 朝食後に教科書を取りに行こうと部屋に戻ったらそこに禿教師のコルベールがいて 町にでも行ってももえの服を買いにでもいけばいいと言われて、お金を押し付けられた。 もっとも、ももえに服が一着も無いのは事実だ。 あんな恥ずかしい衣装を着た使い魔を連れまわすのはルイズにとっては恥ずかしいことだった。 「まったく、私達だけ『虚無の曜日』だなんて学院長も勝手なことをするものね………」 「まあ、私のいた世界でも自主休講っていう似たようなのがあったし別に気にしてないけどね。」 ???ものしり館??? ※自主休講【じしゅきゅうこう】 自らの意思で学校の授業を取りやめてしまうこと。 類義語:「エスケープ」「サボタージュ」「俺、自宅警備の仕事やるから」 ちなみに『無印ももえ』でのももえは学校の存在そのものを忘れていたので論外である。 また今回の場合無理やり休まされているのでそういう意味でも論外である。 「気にしなさいよ! あんたのせいでこんな事になったんでしょうが!!」 ルイズは人通りの多い城下街で激昂した。 ももえは話を聞くのが苦手らしくあっちをフラフラ、こっちをフラフラとしていた。 「ねえねえこの服買ったけどいいよね?」 「誰が勝手に買っていいっていったのよ! しかも私のお金勝手に使ったでしょ!!」 『ももえはお嬢様だからお金の心配とかはあまりしない性格なのだ!』 「いいの、いいのー 気にしないでー」 「って、それ私の台詞でしょうが! だいたい人のお金使っておいてそんな台詞口が裂けても言わないわよ!」 ルイズは周りからの好奇の視線の痛さを避けるのとももえが勝手にお金を使わないかを見張るのとでへとへとになっていた。 ようやくルイズは人通りの少ない通りに抜けるとももえにある事を命令した。 「そのカマはもう使っちゃだめ。」 「えー?」 ルイズの突然の宣告に当然ながら反抗するももえ。しかし、ルイズには考えがあった。 「代わりに新しい武器を買ってあげるわ」 ルイズ達が来たのは大通りから少し外れた武器屋である。 しかし本来ルイズはここに来るつもりは全く無かった。ももえがここで足を止めて動こうとしなかったためである。 「ここに悪魔がいるのよ。」 困ったのは武器屋の店主だ。 変な衣装を着た女の子がそんな事を言うものだから誰も店に近づこうとしないのだ。 「全く………これじゃあ商売にならないじゃないか。これでその悪魔とやらが居なかったら………」 「とりあえずここで売られている武器を見させてもらえるかしら? 気に入ったのがあれば買うから。」 仕方なくルイズはそうフォローした。それを聞いた店主はしぶしぶすべての武器を取り出してももえの前に差し出した。 「まだ見せてないのがあるでしょ。いいから早く見せなさいよ!」 なぜかいらだっていたももえはカマを振り回しながら店主を脅した。 店主は残っていたぼろぼろの剣を取り出した。すると 「おい、何しやがる! 俺は見せしめなんかじゃn ももえのカマが躊躇無く振り下ろされる。思わず店主はそれを手にした剣で受けた。 ガキィン! そんな音が響き渡った刹那、ぼろぼろの剣は無残にも崩れ落ちた。 『ももえのカマで斬られた物の存在はももえが肩代わり』 「おでれーたー! 剣と同化した使い魔なんて初めて見たぜ!」 ももえの半径3メートル以内の人物が驚きのあまり跳ね上がった。 「いたぞー! こっちだー!!」 声がしたかと思えばいつの間にかルイズ達は囲まれていた。 「おい小娘! 俺達の商品を勝手にパクっといてのんきにお買い物とはいいご身分ですなぁ、オイ。」 「全くだ。大人を誑かしおって………きっちり体で返してもらうからな!」 「ぐへへへへへ………くぁいいおんにゃのこが二人も、ふふふふふふふ…………」 追いかけてきたのは服屋、貴族、変質者などがそろった大人一同であった。 ルイズはももえを甘く見ていた。 ももえは元からルイズのお金を使ってなどいない。お金を使わずに物を盗ったのである。 「いやだから気にしないでって……えーっとあんたの名前何だったっけ」 「そっちの方が問題でしょうがぁ!!! あと私の名前はルイズよ! 三文字の名前すら覚えられないってどういう事よ!」 『ももえは人の名前を覚えるのが苦手なのだ!』 「いや、だから覚えるのが苦手っていっても限度ってものが 「大丈夫。」 ももえはルイズを後ろに下げ、十数名はいる大人達と対峙した。 「ルイス、後は任せて。」 「いやだから私の名前はルイ 「うおりゃああああああああ!!!!」 手にした武器を持って大人たちがよってたかって押し寄せてきた。 「…………」 精神を集中させたももえはカッと目を見開いた。ももえの全身が光りだす。 「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 ももえは体をくるくると回転させる。 「人間回転切りぃ!」 『デルフリンガーの能力』 「ぐわああああああ!」 ルイズは、ももえの体に当たった大人たちが血しぶきを上げながら倒れていく大人たちを見てしまった。更にももえの攻撃は続き、 「人間滅多切りぃ!」 「人間急所切りぃ!」 「人間MVソード!」 ???ものしり館??? ※MVソード【えむぶいそーど】 アニメ「スカイガールズ」の桜野音羽が操るソニックダイバーが使っている武器の名前。名前のとおり剣のような形をしている。 剣を振ることで衝撃波を発することが出来、敵に止めをさすのに非常に有効。 ただし対象相手が巨大なもののため人間相手に使うのはかなりの規格外いじめプレイとなる。 動く殺人兵器と化したももえは周りの人間をばったばったと切りまくり大人たちを全滅にまで追い込んだ。 しかし、ももえが元に戻ったそのとき後ろから最後の力を振り絞って変質者が襲い掛かってきた! 「死ねやぁああああああああああ」 「死神レーザー!!!」 突如ももえの体から光線のようなものが発射されて変質者を跡形も無く焼き尽くした。 恐怖に戦慄く武器屋の店主をよそに、ひょっとしてこの使い魔ってかなり使えるんじゃないか?と考えていたルイズであったのだが 「あーっ!!! ルイズったらこんなところにいたのね。」 声がするほうに顔を向けるとそこにはキュルケとその友人のタバサが風竜のシルフィードに乗ってここまで追ってきたのだ。 「おーい、モモエちゃーん!」 キュルケが上空からももえに声をかけたその瞬間 「サイズラッガー!」 ギュルルルルルルル、ザシュッ。 シルフィードの首が飛んだ。そしてそのままキュルケとタバサは落下していく。 「キュルケーーー!!!!」 ルイズは叫んだ。しかし、無常にもキュルケとタバサはただただ落下していく。 思わずルイズは目をつぶった。しかし、何も物音がしないのを不審に思って目を開けてみると、 「あ」 「いやー あんたが授業サボって町に繰り出してるって聞いたからついてきちゃったわ。」 「あの、授業はサボってなくて 「あら? 別に言い訳なんてしなくてもいいのよ? 人間誰しもサボりたいときはあるんだから」 「だから、今日は『虚無の曜日』だからって学院長が 「あらあら? 自分のサボりを人のせいにするなんてあなたらしくないわね。ミス・ヴァリエール。 それにその言い訳面白いわね! 今度サボる言い訳で使わせてもらおうかしらね。」 ももえの背にキュルケとタバサが乗っていた。タバサは愛しげにももえの頭をなでていた。 『ももえのカマで斬られた物の存在はももえが肩代わり』 「それの乗り心地ってどうなの?」 「うん、とっても気持ちいいわよ。 ちょうどいいからルイズもこれに乗って帰る?」 ルイズは思わず首を横に振った。 ※おわり これまでのご愛読、ご支援ありがとうございました。 ※次回からはじまる「ゼロの使い魔死神フレイムデルフリンガーシルフィード二年生ももえサイズ」に乞うご期待!!! 前ページ次ページゼロの使い魔ももえサイズ
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翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
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「アルビオンが見えたぞー!」 怒鳴る船員の声で、ギアッチョは眼を覚ました。慣れない空飛ぶ船での 睡眠で痛む頭と軋む身体を半ば無理やりに引き起こす。 「――ッ・・・」 睡眠をとり過ぎた時のような気分の悪さに頭を抑えて、ギアッチョはふぅっと 息を吐き出した。気だるげに隣に眼を遣ると、ベッドの上は空。 「眼が覚めた?」 待っていたようなタイミングで上から降って来た声に、ギアッチョは緩慢に 頭を上げる。隣のベッドの主が、両手にコップを一つずつ携えて立っていた。 ギアッチョの返事を待たずに、彼女は片方のコップを差し出す。 「・・・水、飲む?」 だるそうな声で「ああ」と答えて、ギアッチョはコップを受け取った。取っ手を 傾けて一息に飲み干すと、徐々に頭が冴えてくる。軋む身体を捻ってから、 ギアッチョは彼女――ルイズに眼を戻した。 「・・・昨日といい今日といい、おめーが早起きしてんのは珍しいな」 ルイズは既に制服に着替え終わっている。困ったように溜息をつくと、 「今日はあんたが遅いのよ わたしはいつもの時間に起きたもの」 そう言って自分のカップに口をつけた。ルイズから眼を戻して、ギアッチョは 節々が痛む身体に鞭打って立ち上がる。首や肩をコキコキと鳴らすと、 眼鏡を探しながら口を開いた。 「悪ィな」 「え?」 意味を掴みかねているルイズに、コップをひょいと上げることで答える。 「あ・・・べ、別にあんたの為に汲みに行ったわけじゃないわよ なんだか あんたが寝苦しそうだったから、わたしのついでに持ってきてあげただけ」 ついでという部分を幾分強調して早口にそう言うと、空になったギアッチョの コップを奪い取ってルイズはぱたぱたと走って行ってしまった。 ルイズの背中を見送って、デルフリンガーはカシャンと柄を持ち上げて笑う。 「いやはや、見てるこっちが恥ずかしくなる程の純情ぶりだね」 「ああ?」 なんの話だと言わんばかりの眼をこっちに向けるギアッチョに、デルフは 内心やれやれと呟いた。 ――やっぱりネックは旦那だねこりゃ ギアッチョ達の世界で、カタギの人間と恋に落ちるような者は中々珍しい。 理由は種々あるわけだが、ギアッチョはそれ以前に愛だの恋だのという もの自体に全く興味がなかった。彼にとっては、リゾットチーム以外の人間は 殆ど全てが敵か、またはどうでもいい者のどちらかであった。例えば一人の 女性がいて、彼女がそのどちらであるにせよ、ギアッチョには微塵の興味も 沸きはしない。殺すか、捨て置くか。彼の前には、それ以外の選択肢など 出ようはずもなかった。そんなことが何年も続くうちに、ギアッチョからは もはや恋だとか愛だという概念それ自体が失われてしまったのである。 これはいかんと思ったメローネが愛読書のハーレム漫画を無理やり 読ませたこともあったが、次々と女絡みのトラブルに巻き込まれる主人公に ついて「このガキはスタンド使いか何かか?」などと呟くギアッチョには、 さしものメローネも匙を投げざるを得なかった。「敗因は漫画のチョイスだろ」 とはイルーゾォの言であるが。 勿論デルフリンガーがそんなことを知る由もないのだが、これだけ度々こんな 場面に遭遇すれば流石に彼にもギアッチョのことが分かって来たようで、 デルフリンガーは半ば本気で二人の行く末を心配していたりする。 返事をしないデルフから、ギアッチョは早々に視線を移して身体を伸ばして いた。若干身体が楽になったことを確認して、ひょいとデルフを掴む。 「お?」 「アルビオンとやらを見に行くぜ」 アルビオンを「見上げて」、ギアッチョは絶句した。広大無辺の大空に、 溜息が出るほどに巨大な島――否、大陸が一つ、悠然と浮遊している。 「――・・・・・・」 正に文字通りの意味で絶句して、ギアッチョはアルビオンに眼を奪われている。 それは当然だ。この神々しいまでに美しくも雄大な景観に、圧倒されない 人間が一体どこにいるだろうか。 珍しく驚嘆の表情を露にしているギアッチョが面白いのか、ワルドと話をして いたルイズはくすりと笑って口を開く。 「驚いた?」 「マジにな・・・」 「あれがアルビオンよ ああやってずっと空を彷徨ってるの 普段は大洋の 上空に浮かんでることが多いんだけど、月に何度かハルケギニアの上に やってくるわ」 大きさはトリステインの国土程もあるのだとルイズは説明する。それを受けて、 「通称『白の国』、だね」 ワルドも解説に加わった。ギアッチョはアルビオンの下方にちらりと眼を移す。 アルビオンの大河から流れ落ちた水が、霧となって下半分を白く覆っていた。 「・・・なるほどな」 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 鐘楼で見張りに当たっていた船員の大声で、船内に一瞬で緊張が走った。 ギアッチョは言われた方向に首を向ける。こちらより一回りも大きい黒塗りの 船が、明らかにこちらを目指して近づいて来た。 「・・・貴族派の連中か?お前らの為に硫黄を運んでいる船だと教えてやれ」 船長の指示で見張りが手旗を振るが、黒い船からの返信はない。皆一様に いぶかしんでいるところへ、副長が血相を変えて駆け寄って来た。 「せ、船長!あの船は旗を掲げておりません!空賊です!」 二十数門もの砲台が、こちらを睥睨している。いかなワルドやギアッチョと 言えども、もはや逃走は不可能だった。 黒船のマストに、停船命令を意味する信号旗がするすると登り、 「・・・裏帆を打て・・・・・・停船だ」 苦渋に満ちた顔で、船長は絶望の命令を出した。 黒船の舷側に、銃や弓を持った野卑な男達がずらりと並ぶ。一斉にこちらに 狙いを定められて、ルイズはびくりと小さく肩を震わせた。ギアッチョは感情の 読めない顔で、一歩ルイズの前に進み出る。 「・・・ギアッチョ」 冷静に、彼は状況を分析する。黒船からは、既に小型の斧や曲刀を持った 賊達がこちらに乗り移って来ていた。大砲を使われることはないだろう。 仲間諸共沈めてしまうからだ。しかし示威としてはこの上ない威力を発揮 している。それが証拠にこちらの船員達はすっかり怯えあがり、もはや 物の役にも立ちはしない状態であった。もっとも、ギアッチョは元々彼らを 戦力などと考えてもいなかったが。 ――奴らの銃は大方オレ達三人に狙いをつけている・・・こいつを突破 するなぁ少々骨だな おまけに剣を持った奴らもオレ達を包囲してやがる これだけ四方八方から狙われりゃあ満足に立ち回れるかも怪しいもんだ ワルドの野郎は自力で何とかしてもらうとしても、ルイズを放っておく わけにゃあいかねーからな・・・ しばし黙考した末に、ギアッチョは投降を選択した。まさかこの場で 殺されるなどということはないだろう。貴族にはいくらでも「使い道」がある。 どれだけがんじがらめに縛られようが、ホワイト・アルバムがあれば 脱出は容易い。負けを認めるのは多少・・・いやかなり屈辱だが、今は 四の五の言っている場合ではないことの解らないギアッチョではなかった。 「そこのてめーら!剣と杖をこっちに放りな!」 と高圧的に命令する空賊に、ギアッチョは苛立つ顔一つ見せず従った。 ぼさぼさの黒い長髪に眼帯と無精髭という、実にステレオタイプな風体の 男がどすんと甲板に飛び降りる。ギアッチョはまるで創作ものの海賊船長 だなと思ったが、どうやら男は本当に賊の頭らしく、じろりと辺りを見回して 荒っぽく言葉を吐いた。 「船長はどこだ?」 その声に恐る恐る答えた船長と幾つか言葉をかわした後、男は震える 船長の首筋を曲刀でぴたぴたと叩いて笑った。 「船も硫黄も全部買い取ってやる!代金はてめーらの命だ!」 隅から隅まで響き渡るような大声でそう叫ぶと、男はニヤリと笑ったまま 仲間のほうを向いた。 「おい、こいつらを船倉に叩き込んどけ」 空賊に引っ立てられて行く船員達を満足に見遣って、男はルイズ達に 向き直る。 「これはこれは、貴族様方が御同船なされていたとは存じ上げませんでした」 大げさな身振りで白々しくそう言って、男は愉快そうに下卑た笑いを浮かべた。 曲刀を肩に担ぎ、どすどすとルイズに歩み寄る。ルイズの顎を片手で持ち 上げて、男は値踏みするように彼女を眺めた。 「こりゃあ大層な別嬪さんですなぁ どうです?私の元で靴磨きでも?」 人を小馬鹿にした笑みでそう言う男の手を、ルイズはぱしんとはねのけた。 怒りを込めた眼で、キッと男を睨みつける。 「下がりなさい!わたしはトリステインからの使い・・・大使よ!」 堂々と己の正体をバラすルイズにワルドは不味いという顔をし、ギアッチョは やれやれといった感じに首を振った。しかしルイズはそんな彼らの心中も 忖度せず、だが毅然として胸を張る。 「わたし達はアルビオンの王党派に、正統な政府たる王室に用があるの 今すぐ皆を釈放してここを通しなさい!」 「おいおいお嬢ちゃん あんた頭は大丈夫かね?」 賊の頭は不可解な顔でルイズに問い掛ける。 「俺達が貴族派と結託してる可能性ってヤツを考えなかったのか?」 恫喝するような調子で語りかける男に、ルイズはあくまで王女の使いと しての誇りを持って相対する。 「だったらどうだと言うの?わたしはあんた達みたいな人間に嘘をついて 下げるような頭は持ってないわ!」 その言葉に男は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたが、やがてげらげらと おかしそうに笑い出した。 「カハハハハハ!ええ?貴族のプライドの為に命を捨てるってか?あんたら 貴族ってなァ全くもって度し難い奴らだな!」 「そんな下らないものじゃないわ」 「何・・・?」 まるで貴族自体を否定するような言葉が当の貴族から出たことに、頭は 再び眼を丸くする。それは手下の空賊達も、そしてワルドも一緒だった。 「これはあんた達みたいな外道を許せないわたし自身の、そして トリステインを代表する者としての誇りよ!あんたなんかには永遠に 理解出来ないでしょうけどね!」 貴族でありながら、彼女の言葉は貴族のものでも平民のものでもない。 ただ一人、ルイズ・フランソワーズ、彼女自身の言葉だった。頭は彼女の 綺麗な髪を引っつかみ、鼻先まで顔を近づけて脅嚇し、首筋に刃を 押し当てる。しかしびくりと身を固くしながらも、ルイズは頭の眼を見据え 続けた。逆境にあって尚、彼女の旭日のような誇りと「覚悟」は潰えない。 そんな彼女を、ギアッチョはただ黙って見つめている。男は手を変え 品を変えてルイズを脅し続けるが、彼女は何をされようがついに男に 屈しなかった。ルイズの「覚悟」が本物であると悟り、今にも人を殺さん ばかりだった男の表情がふっと和らぐ。 男の物腰は、賊のそれから一流の貴族のものに一瞬にして変化した。 彼は己の黒髪に手をやり、 「どうやらその「覚悟」は本物のようだ 失礼を詫びよう、私は――」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」 突如上空から雄叫びが聞こえ、男もルイズも、その場の誰もが天を振り 仰いだ。彼らの真上にいたのは、竜だった。そして甲板に大きく影を落とした それから流星のように飛び降りて来た金髪の少年はッ! 「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぶァァッ!!」 くぐもった悲鳴と共に、見事に甲板に激突した。 「ギ、ギーシュ!?」 天から隕石の如く落下した少年に、ルイズが初めて大きな動揺を見せる。 ギーシュは鼻を押さえてフラフラと立ち上がると、造花の杖を頭に向けた。 「や、やひッ!賊め、ルイズをはにゃせッ!」 フガフガと鼻を鳴らしながら言われても何の迫力もないのだが、当の空賊 達はギーシュの体を張った一発芸に呆気にとられて言葉も出なかった。 そんなギーシュの横に、情熱に染まった髪を持つ少女が降り立つ。 「空賊であらせられる皆々様、よろしければ武器をお捨てになって 下さりませんこと?さもなくばこの微熱のキュルケと雪風のタバサ、あと 鉛の・・・青銅?・・・青銅のギーシュが、不本意ながらこちらで大暴れ させていただくことになりますわ」 優雅な身振りで一礼するキュルケに合わせて、シルフィードに乗ったまま 臨戦態勢のタバサが降りてきた。 予想外の展開にルイズは眼を白黒させている。ギアッチョとワルドも、 大小違いはあれど共に驚きの色を含んだ顔で彼女達を見ている。 空賊の頭と手下達は今度こそ驚愕の顔で固まっていたが、数秒の後 彼らは殆ど同時に、弾かれたように笑い出した。しかしその笑いには、 今までの野卑な声とは違う爽やかさがあった。 実に大きな声でひとしきり笑った後、頭は改めてルイズ達に向き直った。 「君は実に良い仲間を持っているようだ すまない大使殿、数々の無礼 許して欲しい」 ルイズに謝罪しながら、男は己の髪を掴む。男の力にしたがって、それは するりとはがれた。彼は次に眼帯を取り外し、そして最後に髭を外す。 その下に現れたのは、金糸の如き髪と蒼穹を映したかのような瞳を持つ 凛々しき青年だった。ぽかんと口を開けたまま固まっているルイズ達を 見渡して、青年は威風堂々たる所作で口を開いた。 「私はアルビオン王国空軍大将にして、王国最後の軍艦、この『イーグル』号が 籍を置く本国艦隊司令長官・・・」 にこりと爽やかに微笑んで、彼は己の名を名乗る。 「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」 「・・・プ、プリンス・オブ・ウェールズ・・・?」 あまりの事態に頭が混乱しているルイズ達のそばで、ギアッチョとワルドは 冷静にウェールズを観察している。一人はなるほどなという顔で、一人は 興味深げな顔で。 「我々空軍の役目は反乱軍共の補給線を断つことなのだが、困ったことに 空賊に身をやつさねばおちおち空の旅もままならぬ状況でね 大使殿、君のこともなかなか信じられなかった まさか外国に我々の 味方がいるなどと、夢にも思わなくてね・・・重ねて言うが、試すような真似を してすまなかった」 そこでウェールズは一度言葉を切る。そうしてルイズ達を見渡して、まるで 太陽のように眩しい笑顔で「そして」と言った。 「明日滅びる国へようこそ、客人方」
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ごうごうと音を立てて風が吹き付ける見張り塔で、ギアッチョとワルドは まるで決闘のように対峙していた。傲然たる態度で己を眺めるギアッチョを 見返して、ワルドは今まで見せたことのない猛禽のような眼つきで笑う。 「それで?僕に話があるんだろう 王宮の話でも聞きたいのかな? グリフォン隊の武勇をご所望かい?それとも――」 杖をヒュンヒュンと回して、カツンと地面を叩く。 「ルイズの話、かな」 退屈そうにワルドを睨んで、ギアッチョは口を開いた。 「人間にはよォォ~~~、目的ってもんがあるよなァァ 目先の話じゃあ ねー、いつか辿り着くべき『場所』の話だ」 「・・・・・・?」 もはや擦り切れて思い出せないが、自分にも恐らくそれはあったのだろう。 遥か過去を思い出しかけた自分をナンセンスだと切り捨てる。真っ向から ワルドの眼を覗き込んで、ギアッチョは言葉を繋いだ。 「或いはこんな話もよくあることだ それで物事の全体だと思ってたもんが、 目線を引いてみるともっと大きな事象の一部だった・・・ってな」 更に鳥瞰すれば、全ての事象は是人生の一部に過ぎないと言えるだろう が――敢えてギアッチョはそこで言葉を切った。 「・・・すまないが、話が抽象的過ぎて言わんとしているところが掴めないな 君らしくもなく迂遠じゃあないか?ギアッチョ君」 大げさに肩をすくめてみせるワルドから、ギアッチョは眼を離さない。 「はっきり言って欲しいってわけか?」 「・・・・・・」 スッと帽子を取り去ると、ワルドは髪をかきあげて改めてギアッチョを見る。 その眼も口元も、もはや笑いを続けることをやめていた。 「結婚をすることで――僕がルイズを何かに利用しようとしていると 言いたいのか?」 二人は先ほどまでと変わらず悠然と対峙している。しかしもし殺気という ものが視える人間がいたならば、彼には二人の間に暴力的なまでの それが吹き荒れていることが解っただろう。 「そう聞こえたか?」 焦ったようでも怒ったようでもない、さりとて人を小馬鹿にするような 顔でもない、有体に言えば無表情な顔のまま、ギアッチョはしれっと 言ってのける。 「ま、言われてみれば確かにそうだよなァァ 聞けばてめー、今まで 何年も会ってない上に手紙の一つも送らなかったそうじゃあねーか てめーとルイズは『偶々偶然』同じ任務に居合わせただけってわけだ」 「・・・・・・」 「今思えばよォォ~~ ラ・ロシェールに着いた翌日からルイズの様子が 妙だったが・・・てめー、あの時既にプロポーズしてたな ええ?オイ どうにもおかしな話じゃあねーか」 そこでギアッチョは一度言葉を止める。と同時に、ギアッチョから今までと 別種の殺気が噴き出し始めた。 「『ウェールズは明日死ぬ、だからその前に式の媒酌をして欲しい』・・・ これは分かる スゲーよく分かる・・・死んじまっちゃあ式は挙げれん からな・・・・・」 「ダ、ダンナ・・・!」 思わずデルフリンガーが叫びを上げるが、もう遅い。 「だが数年ぶりに偶然会ったその日のうちにプロポーズってのはどういう ことだあああ~~~~~ッ!!?ええッ!?オイッ!!誰がどう見ても 不自然だっつーのよーーーーーッ!!ナメやがってこの野郎ォ 超イラつくぜぇ~~~~ッ!!スピード結婚もビックリじゃあねーか! 馬鹿にしてんのかこのオレをッ!!クソッ!クソッ!!」 時と場所と場合の全てを省みずブチ切れたギアッチョには、流石の ワルドも唖然とした顔を隠せなかった。 手近の柱を狂ったように蹴りまくるギアッチョに、デルフリンガーが 声を張り上げる。 「ダンナーッ!ストップストップ!落ち着こうマジで!!クールダウン クールダウン!KOOLに・・・いやさCOOLに!COOLになれ!」 デルフの悲痛な叫びが届いたのかどうなのか、ギアッチョはピタリと 足を止めるとワルドにあっさり向き直った。 「でだ」 実に切り替えの早い男である。おでれーたってレベルじゃねーぞと 呟くデルフを無視して、ギアッチョは何事もなかったかのように 話を再開する。 「貴族派の連中に襲われる危険を冒してまでよォォ~~、明日 無理に式を挙げる理由があるってぇわけか?それなら是非教えて 欲しいもんだな・・・てめーの行動はオレにゃあまるでこの旅が 最後のチャンスだと語ってるようにしか見えねーぜ」 言い終えて、ギアッチョはどんな隙も逃がさんばかりの視線で ワルドを刺す。 「・・・一つ、言っておくが」 既に平静を取り戻していたワルドは、ギアッチョの視線をものとも せずに彼を睨み返した。 「現実は物語とは違う 何もかもが論理的に進むことなどありはしない 何故なら人間は、理のみによって動くものではないからだ」 「・・・・・・」 今度はギアッチョが沈黙する番だった。一瞬たりとも彼からその 鋭い双眸を逸らさずに、ワルドは淀みなく言葉を続ける。 「聡明な君ならば理解してくれるだろうが、人の行動を理詰めで 推し量ろうとしても、必ずどこかで綻びが出る 何故か?答えは 簡単だ 論理的思考というものは――偶然を容認しないからだ」 「偶然を除去し、蓋然を必然に摩り替える それは真実を糊塗する 欺瞞に他ならない なんとなれば、人の行為とは全て偶然の集積に よって決定されるものであるからだ」 風は吹き止まない。月に反射して美しくなびくワルドの銀糸を、 ギアッチョは鼻白んだように眺めた。 「一見不自然に見えることも全て偶然だと、そう言いたいってわけか?」 「理解が早くて助かるね 一々説明する気はないが、彼女に手紙を 出せなかったことも会いに行けなかったことも、つまりはそういうことだ」 ゆっくりと、ワルドは楼上を歩く。ギアッチョを通り過ぎ、そのまま端まで 歩を進める。先ほどまでギアッチョが眺めていた雲海を見下ろして、 ワルドは再び口を開いた。 「僕はルイズを愛している 僕には彼女が必要なんだ 嘘じゃない これは紛れもない、僕の本心だ」 ばさりとマントを翻して、こちらを睨むギアッチョに向き直る。そうして、 ワルドはこの上なく真剣な眼で彼を見据えた。 「君は僕がルイズの権力や財力を狙っているのかと疑っているんだろうが …それは断じて違う 始祖ブリミルの名にかけて、天地神明天神地祇、 万物万象にかけて言おう 僕が欲しいのは、ただルイズだけだ 彼女に 付随する如何な力も要らない たとえ彼女が今、全ての富と権力を―― ヴァリエールの名を失ったとしてもかまわない 僕はルイズという人間が 欲しいんだ」 朗々と言い放たれたワルドの言葉に、ギアッチョは僅かに眉根を寄せる。 今の発言に嘘が含まれているようには思えなかったのだ。 押し黙って動かないギアッチョに、ワルドはフッと笑いを戻す。 「理解してもらえたようだね 話はそれだけかな?」 「・・・ああ」 ギアッチョの返答に満足げな顔をすると、ワルドは帽子を深く被り直す。 彼の横を通って扉の奥へ消えるまで、ワルドはギアッチョを一顧だに しなかった。 ワルドがいなくなったことを確認して、ギアッチョは不機嫌そうに首の 骨を鳴らした。 「大した詭弁だな・・・ヒゲ野郎」 メイジよりもソフィストのほうが向いてるぜと毒づくギアッチョに、 デルフリンガーが恐る恐る声を掛ける。 「・・・ダンナ やっぱりあいつは黒なのかねぇ」 「分からん」 「え?」 「こいつは感覚だがよォォ~~~ 野郎の最後の言葉・・・あれだけは どうにも取り繕ってるような感じがしねー」 「するってーと・・・?」 「ただの感覚だ、アテにゃあならねーよ 第一、そうだとしても依然 奴には不自然な部分が多すぎる」 「ま・・・そりゃそうか そんじゃ今すぐにでも部屋に戻ってルイズの 嬢ちゃんにこのことを――」 「いいや あいつには黙っとけ」 ギアッチョの言葉に、デルフは「へ?」と間抜けな声を上げた。 「え、いや、だってダンナ、このまま結婚しちまったら・・・」 「ワルドが白の可能性もある もしも真実奴が黒なら、必ず明日 行動を起こすだろうからな・・・そこで殺しゃあいい だが野郎が 白だったなら――ルイズの決断に水をさすことになる」 言い終えると、ギアッチョはデルフが何か口にする前に彼を 無理やり鞘に戻した。その格好のまま、ギアッチョは星辰煌めく 天空を振り仰ぎ。そこから何一つ言葉を発することなく、彼は ゆっくりと扉の奥へ歩き去った。 こうして騒がしい一日は終わりを告げ――そして、幾人もの運命を 別つ朝が来る。 「では、式を始める」 静謐に満ちた堂内に、ウェールズの声が凛と響く。ニューカッスル城の 片隅に設えられた小さな礼拝堂、そこがルイズとワルド、二人の婚礼の 舞台であった。非戦闘員は既に港に向かい、兵士達は最後の戦いの 準備を始めている。式を見守っている人間は、ギアッチョとギーシュ、 それにキュルケの三人だけだった。 「・・・ねえ どうしてタバサがいないんだい?」 ギーシュがこっそりとキュルケに尋ねるが、 「私も知らないのよ 起きたら部屋にいないんだもの・・・」 帰ってきた答えはこれであった。心配そうな顔をする二人を横目で 見て、ギアッチョは眼鏡を押し上げる。 「タバサのことは心配しなくていい ちょっとした野暮用だ」 「え・・・ちょ、ちょっと!どうして止めないのよこんな時に!」 「オレが頼んだことだ 文句は後で聞くぜ」 顔を寄せ合ってぼそぼそと続けられる彼らの会話は、ウェールズの 声によって中断された。 「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド!」 ウェールズの朗とした声が、ワルドに投げかけられる。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして妻と することを誓いますか」 重々しく頷いて、ワルドは杖を握った左上を胸の前に置いた。 「誓います」 ウェールズはにこりと笑って頷くと、今度はルイズへと視線を移す。 恥ずかしいのか俯いているルイズに微笑んで、ウェールズは彼女に 儀礼の言葉をかけた。 「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ ド・ラ・ヴァリエール 汝は始祖ブリミルの名において――・・・」 顔を俯けたまま、ウェールズの声が響く中ルイズは必死に自分の心と 戦っていた。一晩経って今日、彼女の葛藤は消え去るどころか更なる 重みを持ってルイズを苛んでいた。ワルドと結婚するのだと、彼を 愛しているのだと思おうとすればするほど、ギアッチョのことが頭から 離れなくなる。それはまるで、自分の中のもう一人の自分が「それで いいのか」と問い掛けているようで、ルイズの胸は訳も分からず 痛んだ。それでいいに決まってるわ、と彼女は言い聞かせるように 自答するが、それは自分でも驚く程に弱弱しいものだった。どうして こんなに胸が苦しいのだろう。どうしてギアッチョの顔を直視出来ないの だろう。ギシギシと痛む己の心に自問を続けながらも、ルイズは 答えを知ってしまうことが何故だかたまらなく恐かった。 「新婦?」 心配の色を含んだウェールズの問いかけで、ルイズはハッと 顔を上げた。ウェールズとワルドが、それぞれ異なる色の瞳を ルイズに向けている。 「えっ・・・あ・・・」 思わず言葉にならない声を上げるルイズに、ウェールズは 優しく微笑みかけた。 「緊張しているのかい?硬くなるのは仕方がないさ 何であれ、 初めてのことは緊張するものだからね これは儀礼に過ぎないが、 しかし儀礼にはそれをするだけの意味がある」 「では続けよう」というウェールズの言葉に、ルイズの心臓は ドキンと跳ね上がった。 「汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し・・・」 ウェールズの口から滔々と紡がれる言葉に同調して、ルイズの 心臓はどんどん鼓動を早めていく。それを止める者などいる はずもなく――ウェールズはついに、再び文句を唱え終わる。 「・・・夫とすることを、誓いますか」 「・・・・・・ち・・・誓い・・・」 言葉が、出ない。まるで喉の水分が全て奪われてしまったかの ように、ルイズの口はそれ以上何も言えなくなってしまった。 ――何をやってるのよ・・・!誓います、でしょう・・・ルイズ! 己の心に叱咤するが、しかし意志に反して、ルイズの喉は ただかすれた息を繰り返す。 ――どうして・・・?どうして言葉が出ないのよ・・・! ルイズは己の心を怒鳴りつけるように独白するが、その言葉すら 大音量で鳴り渡る自身の心音に掻き消されてしまいそうだった。 ウェールズが、ワルドが不安げな顔で自分を見つめている。 もういっそ、彼女は消えてなくなってしまいたかった。自分の心など 誰も分からない。誰も助けてはくれないのだから―― 「ルイズッ!!」 突然の怒鳴り声に、ルイズはびくりと肩を揺らす。彼女が誰よりも よく知るその声の主は、辺りを憚ることなく長椅子に片足を乗せて 立ち上がった。 「うじうじやってんじゃあねーぞクソガキが!何を悩んでるんだか 知らねーが、答えが出ねーなら考えることなんざ止めちまえ! てめーのしたいようにやれ!そいつが間違ってたってんなら、 このオレが直々にブン殴ってやるからよォォ~~!!」 あまりにも傲岸不遜なギアッチョの言葉に、ルイズは何故か 安心する自分を感じていた。そしてそのまま、彼女は吸い寄せ られるかのようにギアッチョに顔を向け―― 「~~~~~~っ!?」 頑なに顔を見ることを拒否していたギアッチョと眼が合った瞬間、 ルイズは今の今まで気付かなかった・・・いや、気付かない振りを していたことを、稲妻に打たれたように理解してしまった。 一日。たった一日見なかっただけのギアッチョの姿を、ルイズは まるで百年も待ち焦がれていたように感じて――そして今度こそ、 彼女は誤魔化す余地もなく理解した。どうしてギアッチョのことが 頭から離れないのかを。どうしてギアッチョを直視出来なかった のかを。・・・どうしようもない程に、自分がギアッチョに惹かれて いることを。 「・・・・・・あ・・・・・・あう・・・」 己の心を理解した瞬間、ルイズの顔はぼふんと湯気を立てて 茹で上がった。ギアッチョを召喚してからというもの、自分はこんな ことばかりだとどこかぼんやりとルイズは考えたが、当の使い魔が 怪訝な顔で自分を見ていることに気が付いて、彼女は慌ててその 綺麗な顔を背けた。しかし背けた先で、ウェールズもワルドも、 ギーシュにキュルケまで、その場の全てが自分に目線を集中させて いることに漸く気が付いて――ルイズの顔は、ますます真っ赤に 染まってしまった。 「あ、あああああのっ!わわ、わたし・・・!」 どうにかしてこの場を誤魔化そうと、実際どう考えても無駄なのだが とにかくルイズは出来る限りの大声でそう言って、ギクシャクとした 動きでワルドに向き直った。 「・・・・・・ルイズ」 「・・・ワルド・・・わ、わたし・・・・・・」 ルイズはそこで少し言いよどんだが、すぐにキッと顔を上げて、 はっきりとワルドに告げた。 「・・・ごめんなさい わたし、あなたとは結婚出来ない」 「・・・本気なのかい ルイズ」 極めて穏やかに、ワルドは問うた。しかしその拳がわなわなと 震えていることに気付いて、ウェールズはワルドの顔に眼を 遣る。彼の顔に隠し切れずに浮かんでいる表情は、どこか 屈辱や無念とは違っている気がした。 「世界だ!!」 マントを跳ね上げて、ワルドは両手を拡げる。 「僕は世界を手に入れる・・・!その為には君が必要なんだ! 君の力が!君の魔法がッ!!」 「ワルド・・・?冗談はやめて 私が魔法を使えないこと、知ってる じゃない」 「言っただろう、君は強大なメイジになる・・・今はそれに気付いて いないだけだ!僕と来い!来るんだ!ルイズッ!!」 尋常ならざるワルドの剣幕に、ルイズは思わず後ずさった。 流石に不味いと思ったのか、ウェールズが二人の間に割って入る。 「やめたまえ子爵!婚約とは二人の意志があって初めて為される ものだ!潔く身を――」 「貴様は黙っていろッ!!」 「なッ――!?」 あまりに礼を失する物言いにウェールズの顔色が変わるが、 ワルドはそんなウェールズに眼もくれずルイズの手首を掴む。 「痛ッ・・・!やめてワルド!どうしたっていうの!?」 「君はいつか才能に目覚める!目覚めなくてはならない!! 魔法が使いたいのだろうルイズ!僕と来い、僕が君の力を 目覚めさせてやるッ!!」 ギリギリと締め付けられる手首に顔を歪めながらも、ルイズは 臆さず言い放つ。 「ふざけないで・・・!私の魔法?私の才能?何なのよそれは! わたしはあなたの道具なんかじゃないわ!」 自分を拒み続けるルイズに、ワルドは顔を苛立ちに歪める。 言葉による説得を諦め、自分の方へ彼女を引っ張ろうとした その時、 「我が友人に対するそれ以上の侮辱、断じて許さぬ! ワルド子爵、今すぐその手を離せッ!さもなくば我が刃が 貴様を容赦なく切り裂くぞ!!」 ウェールズの声が堂内に響き渡った。猛禽を思わせる双眸で ウェールズを睨んで、ワルドは漸くルイズから手を離す。 「この僕がここまで言ってもダメなのかい?ルイズ」 「いい加減にして!!どこまで・・・どこまで人の心を裏切れば 気が済むの!?」 叫ぶルイズに仮面のような笑みを浮かべて、ワルドは肩を すくめて見せた。そうしておいて、彼は油断なく周囲に眼を 走らせる。すぐ手前にいるウェールズは、自分に杖の先を 向けている。状況についていけず眼を白黒させている ギーシュを、同じく驚きつつもキュルケが叱咤している。 そしてあの「ガンダールヴ」は――既に剣を抜いて、狩人の ような眼でこちらを睨んでいる。何か動きを起こせば、すぐに 飛び掛ってくるだろう。だが―― 「遠い、な」 誰にも聞こえないように、ワルドは低く呟いた。次いで、 今度は本来のよく通る声で語り始める。 「やれやれ・・・こうなっては仕方がない 君の気持ちを掴む 為に、それなりに努力をしたんだがね 目的の一つは諦めると しよう」 「目・・・的・・・?」 ルイズはギアッチョの方へと後ずさる。それを止めもせずに、 ワルドは凶悪な笑みを浮かべた。 「君を手に入れるという目的――これはどうやら、上手く いかなかったらしい」 敵意と悲しみの入り混じったルイズの視線を平然と受け流して、 ワルドは話を続ける。 「二つ目の目的は、君のポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」 「――ッ!」 ワルドの言葉で、礼拝堂は一転して刺すような緊張に包まれた。 「そして三つ目だが」 つば広の羽根帽子を目深に被りなおすワルドに、全てを察した ウェールズが迅速に呪文を唱え始め―― ドズッ!! 心臓の辺りに風穴が空いたのは、ワルドではなくウェールズだった。 「・・・『レコン・キスタ』・・・だと・・・」 ごほッと、ウェールズの口から空気が溢れる。「閃光」の二つ名 さながらに一瞬で「エア・ニードル」を完成させたワルドは、ぶしゅりと 音を立ててウェールズから杖を引き抜いた。 「ウェールズ・テューダー 貴様の命というわけだ」 「ウェールズ様ぁぁぁ!!」 凍った場に響いたルイズの悲痛な叫びは、果たして彼の耳に届いて いるのだろうか。ウェールズはよろよろと二・三歩後退して、ガランと 杖を取り落とした。 「・・・ハ・・・ハハハ・・・ 悔しいな・・・・・・」 彼の顔は、痛みではなく無念によって歪んでいた。 「こんな・・・ガハッ・・・ ところ・・・で・・・ 戦うことすら・・・出来ずに・・・」 ウェールズは息も絶え絶えに言葉を吐く。命がぼろぼろと崩れつつある その体が、ぐらりと後ろへ仰け反った。 「いーや おめーはよく戦ったぜ」 がっしりと、死に行く彼の身体を受け止めた者がいた。 「堂々とよォォー・・・先陣を切って、三百人の誰よりもおめーは 勇ましく戦った そうだろ?ウェールズ・テューダー」 「・・・き・・・みは ギアッ・・・チョ・・・か・・・」 もはや眼が霞んで、ウェールズには何も見えはしなかった。だが、 『理解る』。友の腕が支えてくれていることに。友が自分を認めてくれて いることに。 「泣き言はいらねぇ・・・ただ誇ればいい おめーにはその資格がある」 後の始末はオレがつけてやると。ギアッチョははっきり、そう言った。 ウェールズはその言葉に満足げに微笑んで――ゆっくりと眼を閉じる。 「ふふ・・・・・・ありが・・・とう・・・ギアッチョ・・・・・・ 頼・・・んだ・・・」 胸の上に置かれた手が、だらりと下がった。 「・・・・・・アン・・・リ・・・・・・タ・・・ ・・・・・・しあ・・・・・・せ・・・に・・・」 最期の最期に、うわ言のように呟いて、ウェールズはその人生を閉じた。 そっとウェールズの遺体を横たえて、ギアッチョは幽鬼の如き胡乱な 双眸をワルドに向ける。その凍った瞳に、ボッと炎のような殺意が 灯った。 「どけ、ただの『ガンダールヴ』 死にたくなければ身の程をわきまえろ」 杖をギアッチョの胸に向けて、ワルドは嘲笑う。 「久しぶりだぜ・・・こんな気分になったのはな・・・ てめーは ルイズの心を裏切り、こいつの『覚悟』を踏みにじった・・・ええ?オイ 出来てんだろーなァァァ・・・償いをする『覚悟』はよォオォォーーー!!」 「我が暦程に転がるものは、皆等しくただの小石だ 小石に情けを かける者がどこにいる?」 愉快そうに言うワルドに、ギアッチョはもはや何も言わず剣を掲げた。 ギアッチョの代わりに、デルフリンガーが叫ぶ。 「俺もムカついてたところだぜ!ダンナ!存分に俺の魔法吸収を――」 ドンッ!! 「え?」 デルフは何が起こったものか分からずに、間の抜けた声を上げる。 それはそうだ、ワルドに向かって振るわれるはずの己が、床に突き立て られているのだから。 「ダ、ダンナ・・・?」 「こいつはオレが殺す・・・てめーらは手を出すんじゃあねー」 その言葉に、場の人間全てが驚愕の表情を見せる。 「え、ちょ、おいおいダンナ!この野郎はトリステインでも有数の実力を 持つメイジでだな・・・」 「その通りだ 貴様如きに敵う道理はない 尻尾を巻いて逃げ出すが 賢明・・・ッ!?」 言葉の途中で、ワルドは異変に気付く。妙な寒気が、ギアッチョの周囲に 集っているのだ。それは徐々に彼の全身を包んで行き、そして包んだ そばから固体となり始める。 「光栄に思えよ・・・てめー如きに見せるのは勿体ねー力だ」 ギアッチョの足を包んだ氷は、信じられないスピードで膝を、腰を、 肩を覆い。白い魔人が、その正体を現した。 キュルケが、ギーシュが、デルフが・・・そしてワルドまでもが絶句する 中、ギアッチョはワルドを死神のような双眸で貫いて、たった一言を 吐き出した。 「惨めに死ね」 前へ 戻る 次へ
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登録日: 2015/07/01 Wed 23 58 36 更新日:2021/04/22 Thu 19 06 22 所要時間:約 3 分で読めます ▽タグ一覧 MF文庫 スピンオフ ゼロの使い魔 ゼロの使い魔外伝 タバサの冒険 タバサ ヤマグチノボル ライトノベル 外伝 わたしは人間なの。だから人間の敵は倒す……それだけ。 ゼロの使い魔外伝・タバサの冒険とは、 ヤマグチノボル原作のライトノベル『ゼロの使い魔』の登場人物・タバサを主人公にしたスピンオフ作品である。 既巻は3巻。 今拓人によるコミカライズもされている。ただし途中から原作9巻から10巻のアーハンブラ編へとシフトする。 【あらすじ】 本編の舞台となるトリステイン魔法学院に通う少女タバサは、 実はガリア王国の暗部の汚れ仕事を請け負う秘密組織『北花壇騎士団』の一員であり、本名をシャルロット・エレーヌ・オルレアンと言った。 タバサはガリア王国の傲慢な王女イザベラの命を受けて、様々な困難な任務に狩りだされる。 しかし、タバサは文句ひとつ言うこともなく、無理難題の任務の数々をこなしていく。 そこにはタバサの生家と王家の血塗られた因縁が隠されていた―― 【概要】 基本的に、任務を与えられたタバサが現地へ赴いて現地の人たちと交流しながら任務を果たしていくという一話完結方式をとっている。 だが中にはシルフィードを主人公にしたものや、タバサの過去編も存在しており、タバサという人物をいろいろな方向から掘り下げていっている。 本編とはリンクしており、それぞれの話が本編のどのあたりの出来事なのかをわかるようになっている。 イザベラは後に本編にも登場。本作のエピソードや登場人物はいずれも人気の高いものが多い。 【主な登場人物】 タバサ トリステイン魔法学院に通う2年生。ガリアからの留学生であり、小柄な体と青い髪と目を持ち、二つ名は『雪風』 本来はガリアの王家の一門であるオルレアン家の娘であるが、現在その地位は剥奪されていてタバサは偽名である。 母の心を魔法の毒物で狂わされており、その解毒剤を手に入れるためと復讐のために、いかなる危険な任務をも受けている。 性格は無口で人付き合いを自分からはしないタイプ。 しかし情には厚く、任務の達成には遠回りになるとわかっていても人命や心を優先した作戦をとることもある。 反面、隠れドSなところもあり、普段はおとなしく見えてもちゃっかりえげつない手段で意趣返しをすることもある。 シルフィード タバサの使い魔で、2年生昇級の『使い間召喚の儀』で呼び出された。 周りにはウィンドドラゴンに見せているが、実は人語を解する絶滅種『風韻竜』の生き残りで、本名はイルククゥ。 年齢は200歳を超えているが、精神年齢の発達は遅く、おつむは幼児並み。 明るく優しく奔放な性格で、危険な任務ばかりさせられるタバサのことを常に心配している。 なお、主人といい勝負の食いしん坊である。 イザベラ ガリア王国の第一王女で、国王ジョゼフの一人娘。 王家の人間であるためタバサと同様の青い髪と瞳を持っているが、印象は凶暴。ファンからの愛称はデコ姫。 気まぐれで冷酷かつ嗜虐的な性格をしており、タバサとは正反対。 タバサの属する北花壇騎士団の団長を兼任しており、彼女がタバサに命令を出すところから物語は始まる。 魔法の才能に乏しく、強いコンプレックスを抱いており、天才的なメイジであるタバサに強く嫉妬していることから、 あてつけにタバサにわざと危険で困難な任務ばかり当てている。 【これまでのお話】 第一話、タバサと翼竜人 北花壇騎士団員タバサに任務が下った。指令は、エギンハイム村で村人と対立している翼人を討伐せよ。 しかし、現地に赴いたタバサの前に、人間と翼人の共存を願う恋人たちがやってきて、なんとか討伐を中止してくれと頼んでくるのだった。 第二話、タバサと吸血鬼 サビエラ村で、一晩のうちに若い娘が体中の血を吸い尽くされて殺害される事件が続発した。ハルケギニア最悪の妖魔、吸血鬼の出現である。 吸血鬼討伐に出発したタバサだったが、吸血鬼は普通の人間と見分けがつかない。 姿なき殺人鬼に対して、タバサがとる作戦とは。 第三話、タバサと暗殺者 王女イザベラに暗殺を狙っている者がいるとの疑惑があがった。タバサは魔法でイザベラと入れ替わって捜査をはじめる。 だが、暗殺者の正体と黒幕は意外な人物であった。 第四話、タバサと魔法人形 珍しい任務が下った。ガリアの名門の引きこもりの少年を学校に通わせろというのだ。 危険のない任務に退屈げなイザベラから、たわむれに魔法人形スキルニルを譲られたタバサはいつもどおりに任務に向かう。 しかし少年の冷え切った家族関係と、彼を一身に思うメイドのアネットの訴えに、タバサはある考えをめぐらせるのであった。 第五話、タバサとギャンブラー 違法賭博場撲滅の命を受けたタバサ。偽名を使って潜入するが、カジノのディーラーはなんとタバサの家で昔に仲のよかった使用人だった。 しかも、イカサマ賭博の証拠を掴まなくてはカジノをつぶすことはできない。 情と使命、さらにタバサの目をもあざむくカラクリの正体とは? 第六話、タバサとミノタウロス 任務を終えて、とある村で休息をとっていたタバサは、平民の老婆から助けを求められる。 エズレ村に人食いのミノタウロスが現れ、生贄を求めているというのだ。 助っ人を引き受けたタバサだったが、ミノタウロスの正体は人攫いの野盗がミノタウロスを騙ったものだった。 追い詰められるタバサだったが、なんとそこに本物のミノタウロスが現れる。しかも、そのミノタウロスは人語をしゃべり、自らを貴族と名乗った。 番外編、シルフィードの一日 とある平和な日、のんびりとしていたシルフィードはニナという少女と仲良くなる。 けれども、近隣の村の住人にはドラゴンであるという理由だけで嫌われてしまった。 使い間仲間に慰められても傷心のシルフィード。だが、そんなシルフィードを救ったのは少女の純粋な心であった。 第七話、タバサと極楽鳥 イザベラの気まぐれと嫌がらせで、火龍山脈に住む極楽鳥の卵を採りに行かされることになったタバサ。 そこでタバサは、料理人を目指して修行中というリュリュという少女に出会う。 だが極楽鳥は強力な火竜に守られていて手出しができない。そこでタバサは、錬金を使っての料理という新境地を目指している リュリュの魔法を使おうと考えるが、リュリュは大きな壁にぶち当たっていた。 第八話、タバサと軍港 ガリア王国軍両用艦隊の軍艦が次々と爆破されるという事件が起き、タバサが調査に派遣される。 幹部士官らに邪険にされながらも、協力者を得て調査を進めるタバサだったが、次第に事件の背後に潜むどす黒い影に気づいていく。 それはタバサ自身の生い立ちにも関わる。人の心を弄ぶ禁呪を用い、無関係な人間を大勢巻き込むことをも辞さない狂気だった。 第九話、タバサとシルフィード シルフィードがタバサに召喚された直後のお話。 見るからにちんちくりんなのに偉そうなタバサに不満タラタラのシルフィードだったが、ある日ひとりでお使いに出かけることになった。 ところが世間に疎いシルフィードは悪い人にだまされて…… 第十話、タバサと老戦士 コボルドに襲われているというアンブラン村に赴いたタバサ。彼女はそこで、村人から慕われているユルバンという老戦士に出会う。 タバサの実力を持ってすればコボルドは敵ではなく、任務達成は容易なものと思われた。 だが、タバサたちは村で過ごすうちに奇妙な違和感を感じ出す。さらに血気にはやったユルバンがコボルドに囚われてしまい…… 第十一話、タバサと初恋 最近タバサの様子がどうにも変だ。妙にそわそわして落ち着かない様子だったりしている。 それが恋だと思ったシルフィードは一念発起、なんとかタバサの初恋を成就させようとあの手この手を試みるけれど空回りばかり。 一方で、タバサも自分の中に芽生えた不思議な気持ちがわからずに自問自答を続けていたが…… 第十二話、タバサの誕生 タバサがまだシャルロットと名乗っていた時期の話。 ガリアの先王が亡くなり、時期後継者候補のひとりであったシャルロットの父オルレアン公が暗殺された。 ジョゼフが王となり、オルレアン派最後のひとりであるシャルロットは母の身柄と引き換えに怪物の跋扈するファンガスの森に送られる。 そこは凶暴な合成生物キメラたちの魔境であり、ボス格である『キメラドラゴン』を倒さなければならない。 戦闘経験などないシャルロットはキメラに襲われて絶望するが、そこを森の猟師であるジルという女性に救われる。 ジルから戦い方を学び、シャルロットは戦士として成長を始める。だがそれは、長くつらい戦いの始まりでしかなかった…… 追記・修正はムラサキヨモギを噛み締めながらお願いします。 △メニュー 項目変更 この項目が面白かったなら……\ポチッと/ -アニヲタWiki- ▷ コメント欄 [部分編集] これらの中では極楽鳥の話が一番好きかな。リュリュがすごくいい子ってのもあるけど、彼女の魔法が完成したらハルケギニアから飢餓がなくなりそう -- 名無しさん (2015-07-20 01 11 09) アニメの最大の罪はデコ姫を出さなかったことである -- 名無しさん (2015-08-06 00 39 39) なんやかんやでかなり続いたんだな -- 名無しさん (2015-09-15 16 55 09) OVAでシリーズ化希望 -- 名無しさん (2016-05-16 13 15 48) ふと思ったけど、錬金で食料作れたら人口爆発につながるんじゃなかろうか -- 名無しさん (2017-02-05 21 45 18) 読み返すと、ハッピーエンドで終わらない話もあるし、本編に比べて大人向けファンタジーって感じがしたな -- 名無しさん (2018-07-04 00 01 47) 作れたらというより、錬金による食料生成はあまりうまいものが作れないだけで昔から可能だったっぽい。普段からは食べてないだけで深刻な食糧不足ならそれで食べ物を作るだろうからハルケギニアでは餓死なんて基本ないんじゃないか。魔法のサービスは思いのほか安いようで、大豆に錬金をかけてつくる代用肉のほうが本物の肉よりずっと安いみたいだし。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 50 54) 時系列的にはちょっとおかしな話もある。「タバサとシルフィード」では彼女はサイトと同じ日に召喚されていてまだいくらも時間が経ってないはずなのに、タバサの任務や境遇について妙に詳しかったりとか。 -- 名無しさん (2018-07-04 07 54 31) 名前 コメント
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軽い自己紹介を終えてから、ルイズとワルド、それにギアッチョはウェールズの 先導で「イーグル」号の船長室にやってきた。ウェールズの対面にルイズと ワルドが腰掛け、ギアッチョは少し離れて壁に背を預ける。キュルケ達が同席 出来ないことに若干の罪悪感を感じながら、ルイズはまずアンリエッタが 自分に預けたウェールズへの手紙を取り出した。しかしウェールズに手紙を 差し出そうとして、ルイズはピタリと動きを止める。 「・・・あ、あの」 「なんだね?」 「・・・無礼を承知でお尋ねしますが、その・・・本当に皇太子様でしょうか」 恐る恐る尋ねるルイズに、ウェールズは笑って答えた。 「その疑問はもっともだ 僕は正真正銘、本物のウェールズ・テューダーだよ ・・・そうだね ラ・ヴァリエール嬢、右手を出してごらん」 言われるままに、ルイズは右手を差し出す。その指に光る指輪は、忠誠に 報いる為にアンリエッタがルイズに与えた「水のルビー」であった。ウェールズは 己の右手に嵌る指輪を外すと、そっとルイズの手を持って指輪同士を近づける。 その瞬間、ウェールズの指輪を飾る宝石と水のルビーの宝石が共鳴を始めた。 二つの宝石から放たれた二色の光は、互いと緩やかに絡み合って世にも美しい 虹色の光を振りまいた。 「・・・・・綺麗・・・」 「この指輪は、我がアルビオン王家に伝わる『風のルビー』だ 君のそれは、 アンリエッタが持っていた『水のルビー』だね?」 柔らかいまなざしで水のルビーを見つめるウェールズに、ルイズはこくりと頷いた。 「水と風は、虹を作る 王家の――そして国家の間に架かる虹さ」 ウェールズはにこりと微笑んで言うと、疑った非礼を詫びるルイズを手で制する。 「いいんだラ・ヴァリエール嬢 このような状況であれば、疑ってかかるのは 大使として当然のことだよ それに、僕達は最後の客人に気を使って欲しくなど ないんだ ラ・ヴァリエール嬢、ワルド子爵・・・そして使い魔の青年、ギアッチョ どうか楽にして欲しい それが――我々への、一番の手向けでもある」 ――戦況が悪いだとかそんなレベルじゃあねーらしいな 壁にもたれたギアッチョは、腕を組んでウェールズを観察する。しかし彼に 怯えた様子は微塵も見当たらなかった。ただのボンボンではないらしい、と ギアッチョは考える。 「姫様からの密書にございます」 ルイズは一礼して、アンリエッタからの手紙をウェールズに渡す。 ウェールズはルイズから手紙を受け取ると、愛おしそうに花押に口づけした。 折り目一つつけないように丁寧に封を開き、便箋を静かに取り出す。 真剣な眼で文字を追って、ウェールズは顔を上げた。 「・・・結婚するのか アンリエッタは・・・私の可愛らしい、従妹は」 その口調にどこか寂しげなものが感じられ、ルイズは何も言えずに頭を 下げた。 最後の一行まで手紙を読み終えて、ウェールズは微笑んだ。 「委細了解した 姫はとある手紙を返して欲しいと従兄の私に告げている 何より大切なアンリエッタからの手紙だが――彼女の望みは私の望みだ 喜んでそのようにさせてもらうよ」 ルイズはほっとしたようなどこか物悲しいような、複雑な表情で顔を上げた。 「しかしながら、あれは今手元にはない ニューカッスルの・・・我ら王国軍の 最後の牙城にあるんだ 姫の手紙を、空賊船などに『連れて来る』わけには いかぬのでね」 ウェールズはそう言って笑うと、手紙にすっと指を滑らせた。 「足労をかけてすまないが、ニューカッスルまで同乗してくれたまえ 何、明日の戦が始まるまでには君達を帰すことが出来るだろう」 少し話があるらしくウェールズと二人で船長室に残ったワルドを置いて、 ルイズとギアッチョは退出した。とりあえずすべきことが終わって、ルイズは 甲板へ向かう通路を歩きながらほっと溜息をつく。大使としての緊張感が 解けて素の自分に戻ったルイズは、そこではっと思い当たった。状況が 状況だったのでさっきの騒動以来ギアッチョと口をきいていなかったが、 ひょっとしてギアッチョは怒っているのではないだろうか。自分達の命も 顧みず、空賊にまるで喧嘩を売るような――というか完全に売っていた ――真似をしてしまったのだ。フーケと戦った時にギアッチョに言われた ことを何一つ理解していないと言われても仕方がないだろう。そして、 ならばギアッチョはきっと自分に説教をするはずだ。今までは空気を 読んで黙っていたのだとすると、ひょっとしてそろそろ―― 「・・・おい」 「は、はいっ!?」 来た。やっぱり来た。思わず敬語が出てしまい、ルイズは軽く自分が 情けなくなった。つーっと冷や汗が流れる。ギアッチョに怒られるのは やっぱり少し・・・いや、かなり恐い。「しっかりしなさいルイズ」と彼女は 心中自分に言い聞かせる。ギアッチョが人間だろうと自分より年上で あろうと、自分は彼の主人なのだ。身分だとか上下関係だといった ものを主張する気など毛頭ないが、しかし主人であるからには使い魔に 対しては毅然とあらねばならないとルイズは思う。魔法を使えない自分 だからこそ、せめて振る舞いだけは堂々としていなければならない。 そうでなくては、自分などに召喚されてしまったギアッチョにも申し訳が 立たない。 己の心に棲みつくどうしようもない劣等感に蓋をして、ルイズは堂々たる 所作でギアッチョを見上げた。例え怒りを受ける身であろうとも、毅然と してそれを迎え入れるべきだとルイズは考える。コホンと一つ咳をして、 「・・・何かしら?」 彼女は極力余裕を持たせてそう言った。 ギアッチョはルイズを見て何かを考え込んでいるようだった。声を掛けて おきながら何も言おうとしないギアッチョにルイズの不安は加速度的に 重さを増してゆく。しかしルイズはギアッチョから眼を離さなかった。 内心の不安を押し隠すべく無理に表情をなくそうとして逆に殆ど睨む ような形になってはいるが、ともかくルイズは退かなかった。「来るなら 来なさいよ!」と、心中まるで戦でもするかのように呟く。こうであると 決めたルイズの意志は、時として鋼よりも固かった。 思考を止めたものか纏めたものか、やがてギアッチョは何だかよく 分からない顔でルイズに向き直った。 ――来た・・・ッ! ルイズはかかってきなさいと言わんばかりにギアッチョを睨む。 ギアッチョはいつも以上に読めない表情でスッと右手を上げると、 わしわしと、ルイズの頭を乱暴に撫でた。 「ふええぇっ!?」 ギアッチョの有り得ない行動に、鋼鉄のはずのルイズの意志はあっさりと 砕け散った。厳然たる言葉を紡ぐはずの口から生まれて初めて出した のではないかというほどに情けない声が飛び出て、頭上の手と己の声の 相乗効果でルイズの顔は湯気が立たんばかりに茹で上がった。 「なッ、な、な、ななな――!?」 動揺ここに極まれり。せめて言葉の一つも出ればまだなんとか取り繕う ことも出来たかもしれないが、現実は非情であった。ルイズはギアッチョに 錯乱でもしたのかと問いたかったが、今この場で一番錯乱しているのは 誰がどう見てもルイズ自身である。ギアッチョはルイズを差し置いて よく分からんといった表情をすると、彼女を見下ろして声を掛けた。 「よくやった」 「・・・へ?」 怒らないどころか自分を褒めるギアッチョに、ルイズは赤くなった顔の ままきょとんとする。ルイズの頭に無造作に手を置いたまま、ギアッチョは 全く褒めているとは思えない顔で続けた。 「言っても解らんガキかと思ってたがよォォ~~ 上出来だぜルイズ 己の命が奪われようと・・・オレやワルドが死ぬことになろうともてめーの 心を貫くという『意志』・・・それが『覚悟』だ」 「え」 「状況に流されたり強制されたりした結果の行動・・・そいつは『覚悟』 なんかじゃあねえ 追い詰められたりどうでもよくなったりしてなりふり 構わずヤケになって突っ込むなんてのは、ただ諦めてるだけだ」 「・・・ギ、ギアッチョ あの・・・わたしさっき空賊のことで頭が一杯で あんたやワルドのことなんてすっかり忘れてて・・・だから」 ギアッチョが言ってるようなことじゃないと否定するルイズを、ギアッチョは 言葉で遮った。 「――『覚悟』は・・・確固たる己の『意志』から生まれる オレ達のことを 覚えていたか忘れていたか、そんなもんはどうだっていいことだ 何がどうであれ、さっきのおめーには間違いなく『覚悟』があった 祝福するぜルイズ 無意識だろーとなんだろーとおめーには覚悟の心が ある 重要なのはそれだけだ」 ギアッチョは抑揚に乏しい、一見無感動に思える口調で、はっきりと そう言った。 「・・・・・・・・・『覚悟』・・・」 心で反芻するように呟いて、ルイズはギアッチョを見上げる。彼は 相変わらず読めない顔でルイズを見ていた。だが、だからこそ、ルイズは 彼を信じることに躊躇はなかった。この無愛想な男が言うのなら、きっと そうなのだと。だからルイズは、ただ一言だけ言葉を返す。 「・・・・・・うん」 それで十分だった。 「・・・・・・ところで、あの」 置き忘れられたかのようにルイズの頭に乗っているギアッチョの手を 指差して、ルイズは疑問をぶつける。 「こ、これ・・・どうしたの?いきなり・・・なんかギアッチョらしくないわよ」 「あー・・・なんだ 一つプロシュートに倣ってみよーと思ったんだがな」 やっぱりこれはオレのキャラじゃあねーな、とギアッチョは両手を上げて 首をすくめた。 「そ、そんなこと・・・」 頭からどけられた手が何故か名残惜しくてルイズは思わずそう言い かけるが、 「あーいたいた おっそいわよあなた達!」 続く言葉は、やってきたキュルケの呼びかけに遮られた。 「キュ、キュルケ!」 「何やってるのよ二人共 もうすぐニューカッスルに着くらしいわよ? 甲板に行きましょうよ」 催促しながら歩いてくるキュルケに眼を向けて、ギアッチョは口を開く。 「あいつらは甲板か」 「ええ、ギーシュは船酔いでフラフラしてるけどね タバサは相変わらず 本を読んでるわ」 そう言って笑うと、キュルケはルイズに眼を向けた。 「あらルイズ?あなた顔が真っ赤だけど何をやってたのかしら?ん?」 「なっ、何もしてないわよ!あんたじゃないんだから!」 楽しそうに笑って顔を近づけるキュルケから眼を逸らしてルイズは 怒鳴る。しかしキュルケは綺麗な笑みを崩さずに、デルフリンガーを見た。 「ねぇデルフ 今二人は何をしてたのかしら?」 「いや、てーしたことじゃねーんだけどよー」 答えようとした魔剣を睨んで、ルイズは「余計なこと言ったら船から投げる わよ!」と凄む。 「・・・てーしたことじゃなさすぎて忘れたわ」 いくらなんでもここから落とされたくはないらしい。デルフはあっさり従った。 ルイズは謝りたかった。何事もなかったかのように甲板上で歓談している 三人に。それが出来ないならば、せめてありがとうと言いたかった。 しかし、どうしても言葉が出ない。喉まで言葉が来ているのに、どうしても それを吐き出すことが出来ない。礼の一つも言えない自分を、ルイズは ブン殴ってやりたかった。打ち沈んだ彼女の心境を知ってか知らずか、 キュルケはルイズに何かを言わせる暇もなく話題を繋ぐ。 「そんなわけでフーケを逃がしちゃったのよ どう思う?ギアッチョ」 「・・・ま、いいんじゃあねーのか てめーの意志で決めたってんならな」 ギアッチョはギーシュに眼を遣って答えた。その言葉に、ギーシュは 青白い顔のまま満面の笑みを浮かべる。 「ほら言った通りじゃないか!ギアッチョなら分かってくれるってさ・・・うぷっ」 「はいはい聞こえたわよ それも『覚悟』ってわけ?さっぱり解らないわ」 キュルケはやれやれといった感じに首を振った。舷側の欄干に背を 預けて、ギアッチョははしゃぐギーシュから眼を外して言う。 「安心しろ てめーの決意で奴を逃がしたってことは責任を取る『覚悟』も 当然出来てるってわけだからな・・・なあオイ」 「えっ!?あ・・・ああ も、勿論さ!当たり前だろう?」 青白い顔を一層青くして答えるギーシュに、キュルケは一つ溜息をつく。 「・・・そっちは?」 話の間隙を縫うようにして、タバサが本から眼を上げて問うた。 珍しく自分から声を掛けるタバサにギアッチョは意外そうに眉を上げる。 「仮面の野郎が追ってきたな」 「本当?あの傭兵達の自白は事実だったわけね・・・怪我は?」 三人を代表したキュルケの質問に、ギアッチョは左手を上げることで 答えた。隙間なく巻かれた包帯に、キュルケ達は息を呑む。 「ちょっ・・・それ大丈夫なのかい!?」 思わず叫ぶギーシュに、ギアッチョはどうでもいいように右手を振って みせた。 「大した怪我じゃあねー こいつが持ってきた軟膏もあるしな」 ギアッチョはそう言って、浮かない顔をしているルイズを見る。 「へぇ あなたもそういう気配りが出来たのねー」 キュルケはわざと皮肉っぽい口調で言うが、ルイズは沈んだ顔のまま 何の反応も返さない。少し唇をとがらせて、キュルケはルイズの顔を 覗き込む。 「ちょっとールイズ!あなた少しは明るい顔を――」 と、キュルケがルイズを叱咤しようとした時、フッと影が彼女達を覆った。 「何・・・?」 彼女達は一斉に空を見上げる。雲の切れ間から、巨大な軍艦がその 姿を覗かせていた。 「うっぷ・・・あ、あれはひょっとして・・・」 ギーシュが眼を見開いて呻く。 「そう」 空を振り仰ぐキュルケ達の後ろから、突然声が投げかけられた。 ワルドと共に船室から出てきたウェールズが、形のいい眉を忌々しげに ひそめて言う。 「叛徒共の、船だ」 巨大な、全く巨大な――禍々しき戦艦であった。優に『イーグル』号の 二倍はある艦体に同じく巨大な帆を何本もはためかせている。かと 思うと、巨艦は無数に並んだその砲門を一斉に開き、大陸に向けて 斉射を開始した。どこに着弾しているのかは大陸を半ば見上げる形で 航行している『イーグル』号からは分からなかったが、ドゴドゴッ!という 砲撃の音と振動はびりびりと伝わってきた。 「かつての我らが旗艦・・・『ロイヤル・ソヴリン』号だ 奴らの手に落ちて からは、『レキシントン』号と名前を変えている 初めて我々から勝利を もぎとった戦地の名だ・・・よほど名誉に感じているらしいね」 ふっと皮肉な笑いを浮かべるウェールズの横で、ギアッチョは 『レキシントン』号を観察する。舷側に並んだ無数の大砲と対を成す ように、艦の周囲ではドラゴンに乗った数多の竜騎士達が哨戒を行って いた。ウェールズ達王党派にとっては、まさに絶望の象徴に他ならない だろうと思われた。 「備砲は両舷合わせて百八門、その上竜騎士まで積んでいる あの戦艦の反乱から、全てが始まった・・・因縁の艦だよ さて、我々はあんな化け物に対抗し得るはずもない そこで雲中を通り、 大陸の下からニューカッスルに近づくというわけさ そこに我々しか 知らない秘密の港があるんだ」 ウェールズはそう言って大陸を見上げた。 大陸の下へと潜り込み、陽の届かないそこを慎重に航行する。 そうするうちに頭上に見えてきた三百メイル程の穴を、『イーグル』号は ゆるゆると上昇してゆく。頭上に薄っすらと見える光は船の上昇につれて 徐々に明るくなってゆき、やがて眩い程に大きくなったかと思うと、船は 静かに停止した。 ウェールズに促されて、ワルドはグリフォンと共にひらりと地面に飛び 降りる。辺りを見渡して、彼はほう、と感嘆の声を上げた。 「これは――素晴らしい」 「驚いたかい?子爵」 いたずらっぽく笑うウェールズを振り返って、ワルドは両手を広げてみせる。 「それはもう ここまでの旅路もさることながら、これ程までに美しい光景は 様々な場所を旅した私にも滅多に御眼にかかれませぬ」 そこは巨大な、そして実に見事な鍾乳洞であった。見事な円錐形の鍾乳 石が大小様々に垂れ下がり、それを覆う発光性のコケが周囲を幻想的に 照らし出している。ルイズ達もまた、息を呑んで立ち尽くしていた。 背の高いメイジの老人がウェールズに近寄り、彼の労をねぎらう。 「おやおや、これはまた大した戦果でございますな 殿下」 老境にあって尚かくしゃくたる彼は、『イーグル』号に続いて鍾乳洞に現れた 船を見て、顔を綻ばせた。 「喜べ、パリー」 ウェールズは手を上げて、洞窟中に響く声で戦利品を報告する。 「積荷は硫黄だ!硫黄を手に入れたぞ!」 その言葉に、主人の帰還を待っていた兵達が一斉に歓声を上げた。 「おお!硫黄ですとな!火の秘薬ではござらぬか!いやはや・・・これぞ まさしく天の配剤と言うべきかも知れませぬな 最後の最後に、我々の 名誉を守る機会を下さるとは!」 パリーは男泣きに泣き始めた。 「先の陛下より御仕えして六十年・・・これほどに嬉しい日はありませぬぞ 彼奴らが反乱を起こしてからというもの、苦渋を舐めっぱなしでありましたが ――何、これほどの硫黄があれば!」 ウェールズは、ニヤリと一つ勇ましく微笑んで後を継いだ。 「ああ、そうだ 我らアルビオン王家の誇りと名誉を、散華のその瞬間まで 叛徒共に示し続けることが出来るだろう」 「おお、おお!この老骨、武者震いがいたしまするぞ!」 ウェールズ達は、心底楽しそうに笑いあった。 「して陛下 御報告なのですが、叛徒共は明日の正午に攻撃を開始する との旨、伝えて参りましたぞ」 「ついに来たか・・・それではやはり、明日こそ我ら王家の最期になると いうわけだな」 怯えた様子一つ見せずに、ウェールズはあっさり言ってのける。その 言葉に動揺を見せる兵士もまた、居りはしなかった。 ――最期って・・・この人達怖くないって言うの? キュルケはルイズ達に困惑した顔を向ける。皆思い思いの表情を 浮かべていたが、その表情はどれも自分とは違うような気がして、 彼女はますます困惑を深めた。 「さて、こちらはトリステインからの客人だ 重要な用件で我が国に 参られた大使殿だよ 丁重にもてなしてさしあげてくれ」 「ほほう、これはこれは大使殿 殿下の侍従をおおせつかって おりまする、パリーでございます このような沈みゆく国へ、ようこそ いらっしゃいました 大したもてなしも出来ませぬが、今夜は ささやかな祝宴が催されます 是非とも御出席くだされ」 老いたメイジは、気品溢れる仕草で一礼した。
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ルイズ:釘宮理恵 平賀才人:日野聡 シエスタ:堀江由衣 ギーシュ:櫻井孝宏 タバサ:猪口有佳 キュルケ:井上奈々子 アンリエッタ:川澄綾子 モンモランシー:高橋美佳子 デルフリンガー:後藤哲夫 オスマン:青野武 ロングビル:木村亜希子 コルベール:鈴木琢磨 ヴェルダンデ、フレイム、ロビン、コウモリ:新井里美 マリコルヌ:時田光 フーケ:木村亜希子 ワルド:志村知幸(若い頃:鈴木達央) ウェールズ:山中真尋 スカロン:後藤哲夫 ジェシカ:樋口あかり クロムウェル:斉藤次郎 マリアンヌ:すずき紀子 タバサの母:土井美加 シュヴルーズ:すずき紀子 ケティ:鈴木久美子 ペリッソン:鈴木達央 スティックス:武虎 マルトー:魚建 モット伯爵:松本保典 チュレンヌ:魚建 ペルスラン:田原アルノ シエスタの父:魚建 1話 オスマン:青野武 ロングビル:木村亜希子 コルベール:鈴木琢磨 シュヴルーズ:すずき紀子 マリコルヌ:時田光 ヴェルダンデ:新井里美 ケティ:鈴木久美子 ベリッソン:鈴木達央 スティックス:武虎 男子生徒:山中真尋 女子生徒:樋口あかり 3話 デルフリンガー:後藤哲夫 マルトー:魚建 マニカン:井上剛 エイジャックス:山中真尋 4話 モット伯爵:松本保典 バグベア:新井里美 5話 衛士:武虎 6話 フーケ:木村亜希子 衛士:武虎 ゴーレム:今野康之 7話 スカロン:後藤哲夫 ジェシカ:樋口あかり チュレンヌ:魚建 コウモリ:新井里美 客:武虎、鈴木達央 妖精:鈴木久美子 8話 タバサの母:土井美加 ベルスラン:田原アルノ 9話 クロムウェル:斉藤次郎 10話 ワルド:志村知幸 水の精霊:高橋美佳子 若きワルド:鈴木達央 11話 ウェールズ:山中真尋 宿屋の主人:武虎 12話 マリアンヌ:すずき紀子 13話 シエスタの父:魚建 作品一覧 さ行